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天地金乃神大祭を迎えて

神様への思いを深めていかれた教祖様

 太古の昔から変わりなき天地の営みのなか、四季はめぐり、春を迎え、立教百五十年の天地金乃神大祭が、教主金光様ご祭主のもと、三月二十九日、四月一日、五日、十日と四日間にわたり、本部広前において執り行われ、そのごひれいを頂いて、全国のお広前でも同様に仕えられる。【金光教報-天地】

 天地金乃神様は、あらゆるものを生かし、はぐくむ命の根源であり、そのお働きは天地に満ちわたり、天地と共に尽きることはない。とりわけ私ども人間を、神のいとし子として慈しみくだされ、「世間になんぼうも難儀な氏子あり、取次ぎ助けてやってくれ」とのみ思いをもって、教祖の神を差し向けられ、「神も助かり、氏子も立ち行く」と神様が仰せられる世界の顕現を願い続けておられる天地の親神様なのである。

 立教神伝に示された「その時死んだと思うて」との文言の「その時」とは、四年前の教祖様四十二歳の出来事を指している。その時、九死一生の大患に陥られ、おかげを受けて全快された教祖様は、その後、月に三日のお礼参りや、「神の頼み」を受けられていくなど、年に月におかげの自覚を深めていかれた。その深められていく心あってこその、「その時死んだと思うて欲を放して、天地金乃神を助けてくれ」との親神様のお頼みであろう。また、深められた自覚あってこそ、教祖様は、死んだと思って欲を放し、家業を止めて専心取次のご用に生きられることになったのであろうと思われる。

 そして、そのように神様への思いを深めていかれた教祖様のご内容こそ、われわれ信奉者が頂き直さねばならないものではなかろうか。次に紹介するのは、ある先師が、師匠の言葉をとおして神様への思いを深めさせられたという話である。

神様がお喜びになる信心生活を求めて

 ある先師が、祭典が終わった後の直会(なおらい)の席で、隣の人と「この道にご縁を頂いて、今日、このようなおかげをこうむって、なんとありがたいことであろうか」という話をしていた。実際、この二人は、それぞれに命のおかげを頂く体験をしてきたのである。そのため、二人の話は、ありがたい、ありがたいで盛り上がり、やがて「命のないところをおかげ頂いて、今日がある自分たちだから、いつどうなっても不足はない。神様からいつお引き取りいただいても、もう何の不足もない」という話になった。その時、突然、正面に座っていた師匠から、大きな声で「それは違う」との指摘があった。

 師匠は、「あなたたちの話しておることは、非常にありがたいことのように思う。私も、そのようなことを思うたことがあった。しかし、よく考えてみると、自分は命のおかげを頂いてありがたい、もう何の不足もないと言って、それで自分ではよいかもしれないが、おかげを授けてくださった神様はどうであろうか。ありがたいと言っている自分は、実は、親神様の願い、おぼしめしに添うこともできておらぬ自分なのである。そういう自分だと気づいた時、これでは相済まぬ、あまりに身勝手な考えであったと思わせられた。それからというもの、私は、少しでも長生きのおかげを頂いて、ご恩の万分の一にも報いさせてもらわねばならぬと思っている」と言われ、先師は恐れ入ったという。

 この師匠は、同じく命のおかげを頂かれても、そこに込められた神様のみ心へと思いを深められ、神様の願いやおぼしめしに添えていない自分であることに気づかせられて、「ご恩の万分の一にも報いさせてもらわねばならぬ」との心境に至られ、それを弟子たる先師に話されたのである。この心境は、先ほどのおかげの自覚を深めていかれた教祖様のご内容に通じるものであろう。というよりも、「天地金乃神を助けてくれ」とは、そのようにして深められていく心境に感応される神様のお言葉でもあったと思われる。

 ちなみに、この師匠は後年、「なんとか万分の一にも報いさせていただかねばならぬと思うて、勤めておるつもりでおるけれども、考えてみると、お礼ができるどころか、ますます頂くおかげのほうが多くて、本当に相済まぬことだ」と語っておられる。

 天地金乃神大祭をお迎えするに当たり、そのお徳のなかに生かされる喜びを確かにするとともに、あらためて「天地金乃神を助けてくれ」と仰せになる親神様のみ心と、それをお受け止めになる教祖様のご内容、さらには先輩諸師によって深められてきた神様への思いを頂き直し、共々に、神様がお喜びになる信心生活を求めて、お年柄のおかげをこうむってまいりたい。
メディア 文字 巻頭言 

投稿日時:2009/03/27 17:38:15.918 GMT+9



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