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平和祈念

教主金光様のおことばを頂いて

 教団の基本方針の冒頭に「世界・人類の助かりに向けて」とある。この文言は、現教主金光様が、平成3年の教主就任奉告祭の時に仰せになった「おことば」の、「教団を挙げて世界の平和と人類の助かりに役立たせていただきたいと存じます」という箇所を頂いてのことである。
 金光様は、そのなかで、「『世話になるすべてに礼をいうこころ』を土台に、日に日に新たに信心生活を進め」「生神金光大神取次の道の真を、いっそう現させていただくことができますよう、大みかげをいただき」と仰せになって、お役に立つべき立ちどころとその土台をお示しくださり、最後に、「皆様、どうぞよろしくお願いいたします」と締めくくっておられる。
 私たちは今、日々の信心生活を進めさせていただくに当たって、あらためてこの「おことば」を肝に銘じたい。

 今の世にあって、人間が人間らしく生きられない状況の多くが、人間の身勝手な都合によって生みだされていることは紛れもないことである。それは日々の身近な暮らしでも、あるいは国際的な動向にも見られることである。
 そうした状況にあって、世界の平和と人類の助かりに役立たせていただく中身に培う生き方を、教祖金光大神様のご信心に求めることは、私たちにとって肝要である。
 金光大神様は、明治元年9月24日に、「生神金光大神」というご神号を頂かれ、「天下太平、諸国成就祈念、総氏子身上安全」と染め抜いた幟(のぼり)をお立てになって、日々の祈念を凝らされた。今、私たちは、金光大神様のみ祈りと現教主金光様の仰せを、日々のわが祈りに頂きまつり、お取次を仰ぎながら、天地金乃神様のご神慮に添った暮らしに取り組ませていただくことが、肝心ではないだろうか。
 「世界の平和と人類の助かりに役立たせていただきたい」と祈りをこめ、その祈りを、お取次を仰ぎながら、また、金光大神様のみ祈りに重ねながら、日々の暮らしに具現して、そこに神様のご神慮に添った各人、各様の行動が生まれてくることこそ、今の世にあって、世界人類の助かりに向かう道ではないだろうか。それが、人間が人間らしく生きられる状況を目指す、私たちお道の信奉者のあり方であり、生き方であろう。祈りとお取次から行動が生まれ、その行動がさらなる祈りとお取次を促して、人間が人間らしく生きることのできる状況が生みだされていくのである。

平和へ向かう活動は 継続されてこそ

 ところで、人間が人間らしく生きられる社会を目指して取り組まれる行動の一つに、平和活動がある。今年も、本誌六月号に既報のとおり、金光教東近畿教区平和集会をかわきりに、第27回金光教東京平和集会、第64回金光教広島平和集会、第25回金光教「山口平和の祈り」集会が開催される。いずれの集会も、平和を願う人たちによって企画委員会や実行委員会が組織されて、その地、その時節にふさわしい内容をもって実施される運びである。
 また、この時期には、平和を祈念する祭典をはじめ、教会挙げての行事や信奉者個々の活動など、平和へ向かう数々の取り組みも各地で行われる。いずれの取り組みにあっても、お道の信奉者の信仰的発露として、平和を祈り、語り、目指す活動が活発に展開されることが願われる。
 平和へ向かう活動は、継続されてこそ意義あるものになるであろう。世間の価値に、ある時は対峙(たいじ)し、ある時は共鳴し、あるいは世の動向を批判しつつ自己の有りようをも批判しながら、信仰者として、人間として、尊い道を歩み続けることが、平和活動には求められている。
 冒頭に掲げた金光様のおことばは、今、金光教教規にもその精神が謳(うた)われて、教団活動の大きな指針となっている。立教百五十年のお年柄に当たり、私たちはあらためて金光様の仰せを肝に銘じ、お道の信奉者としての祈りと行動を確かなものにして、こぞって世界の平和と人類の助かりのお役に立つ信心生活を進めさせていただきたい。
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投稿日時:2009/06/29 10:05:32.264 GMT+9



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