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生神金光大神大祭をお迎えして─ 教祖様に神習う─

金光教報 天地 10月号巻頭言

 今年も実りの秋を迎え、生神金光大神大祭が、教主金光様ご祭主のもと、十月一日、三日、七日、十日の四回にわたり本部広前で執り行われ、そのごひれいを頂いて、各地のお広前でも仕えられる。
 この道は、生神金光大神取次によって、天地金乃神様のご神願を成就していく道であり、その道を現すために、教祖様は、お広前奉仕、お取次のことに専念されたのである。そして、その教祖様に神習われての二代金光四神様、三代金光攝胤様、四代金光鑑太郎様、現教主金光平輝様と御五代、百五十一年にわたる教祖広前・本部広前での日々のお結界奉仕があり、そのことに神習っての直信・先覚・先師によるお結界奉仕が進められ、多くの人が救い助けられ、今日の教団がある。
 お道の中核をなす本教の教師は、教祖様に神習い、立教神伝を体することをもって、天地書附に示された内容、すなわち、ご神願成就のため、生神金光大神取次の働きを世に現し続けることが、神様から求められているのである。
 「金光大神の一乃弟子」として、そして、教師として、結界取次の奉仕者として、立教神伝を頂く時、「死んだと思うて欲を放して天地金乃神を助けてくれ」との神様のお言葉が、教祖様、歴代金光様、直信、先覚、先師のあられようやお姿と重なってわが身に迫ってくる。
 ある会合で、布教困難な窮状を吐露された教師に、ある先師が「食べられなくなったら、死ね」と発言され、一瞬会場は静まり返ったという。 道の先人たちは、立教神伝を体された教祖様、歴代金光様のお姿に思いを寄せ、そのお姿を結界奉仕者の理想像と追い求めながら、本教教師として、「金光大神の一乃弟子」としての誇りをもって布教に従事し、また、その中身をもって後輩を指導し、育てられてきたのではなかろうか。

 ある教師が、その地方の礎となった教会の生神金光大神大祭の講師に招かれた。
 彼は、またとないご用の機会を頂いたと、ご用成就を日々祈念しながら、いよいよ大祭の当日を迎えた。ところが、あいにくとその日、その地方を台風が直撃した。彼は、この現実をどう受け止めればよいのかと思いながら、大祭の前日に現地入りした。心は落ち着かず、翌朝、夜が明けるのを待って、ホテルからタクシーに乗り込んで、その教会の奥城に向かった。雨風がだんだんと強まるなか、彼が小高い丘に立つ初代の墓碑を拝した時、不思議な感動が込み上げてきた。
 初代の墓碑は、吹きつける雨風のなかにも凛として揺るぎなく、隣には、あたかも付き従われるごとく、初代夫人の墓碑も立っている。それは、まさに嵐に向かって立たれる初代と夫人のお姿そのものではないか。「道を伝えるためには、前に進んでも後ろには退きません」との決意のもと、幾多の困難を乗り越え、荒蕪(こうぶ)の地に道を切り開かれた両師の、七生報教の布教精神ではないか。これこそが無言の教えであると胸に迫ってきて、彼は思わず、「先生、よくお似合いでございます」とつぶやいていたという。
 台風によって交通は遮断され、参列できない先生方や、参拝できない信徒も多数あるなか、粛々と祭典が仕えられ、彼は奥城での感動を胸に、勇躍、教話のご用に立つことができた。

 大祭の講師となったこの教師が、嵐のなかに拝した初代の墓碑に、時を越えて伝わりくる先人の布教精神を学び、ご用成就のおかげを頂いたように、先人の布教意欲を支えた教祖様の「立教の精神」をわが血肉とし、現代に生きる難儀な人々に、生神金光大神取次のごひれいを現し続けてまいりたい。
 立教神伝に込められた親神様の願いと、それを受けられた教祖様の志とご用のお姿は、この道の教師の永遠の師表である。
 立教百五十年を経て、立教二百年に向かう第一年目の生神金光大神大祭を迎え、あらためて教祖に神習い、立教の精神を頂き直し、教師としての原点を確認し、ここからのそれぞれのご用にまい進してまいりたい。

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投稿日時:2010/09/29 14:55:42.685 GMT+9



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