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物事を足し算で考える 【金光新聞】

教会に一緒に行かないか

 今から3年ほど前、当時中学1年生だった末娘が、体調を崩して学校を休むようになりました。病院でも原因が特定されず、「精神的なものでしょう」と診断されました。
 その後、体調は回復したものの休む日は続き、友人とのトラブルや反抗期も重なったのか、生活態度は乱れ、言葉遣いも荒れていきました。
 私(47)は、何とか学校へ行ってほしいと願って、末娘が特に荒れていた中学2年生の終わりから、金光教本部広前(岡山県浅口市金光町)に参拝し、教主金光様のお取次を頂きました。
 それは三度目のお届けの時でした。教主金光様のお顔が険しく見え、ご神米(※)を突き出されたように感じたのです。
 「金光様から何かお言葉が頂けたら、この暗闇から抜け出せる」。そんな思いで、しかもわが子のことばかりを問題にしてお取次を頂いていた自分に、この時はっと気付きました。私はそのことを神様におわびし、「わが子としっかり向き合わせてください」と願い直しました。

 末娘の不登校は中学3年生になっても続きましたが、担任の熱心な進路指導もあって、何とか高校に合格できました。ところが、高校に入学して間もなく、再び欠席し始めたのです。そんなある日、学校を休んだ末娘に私は、参拝している教会に一緒に行かないかと誘ってみました。その日はちょうど、教会で大祭が仕えられる日でした。
 教会参拝の前に本部広前に立ち寄り、末娘とお結界へ進み、教主金光様に「この子の親としてお育てくださいますように」とお届けしました。 その後、大祭に参拝し、教会の先生の教話を聞きました。

お礼とお願いをさせて頂くけいこ

 人は生きていれば、いろいろな問題に突き当たりますが、なぜ自分だけが難儀なことに出合うのかと、引き算で物事を考えるのではなく、神様のおかげを一つでも探し、神様に心を向けていくよう、足し算で考えていくと、お礼の心が生まれます」
 その話に触れ、私は、元気な心で末娘の今後を見守っていこうと、気持ちを新たにさせられたのでした。
 それからも末娘の不登校は続きました。でも、その日を健康で過ごせたことや一日でも学校に行けたことなど、ありがたい気持ちを積み重ねていく心持ちで、神様にお礼とお願いをさせて頂くけいこに努めました。
 7月に入り、末娘と一緒に、学校の先生と夏休みの過ごし方などについて面談をした翌日のことでした。末娘は、1時間半ほどかけて校門までやっとの思いで着いたものの、「やっぱり帰る」と、妻に電話をかけてきました。そのやりとりをそばで聞いていた私は、この時初めて「娘が学校をやめたいのなら、やめてもいいじゃないか」と思えたのです。

 末娘は夏休み前に退学届けを提出し、現在、近所のスーパーマーケットで休むことなくアルバイトを続けています。その末娘が、初めての給料を神様へのお礼としてお供えしたい、と言ってきた時は本当にうれしくなりました。
 神様のおかげとは、自分の思い通りになることではなく、立ち行く道がついていくことだと思います。これから先のことは分かりませんが、今は、家族に明るい笑顔が戻ったことを喜び、神様にお礼を申す毎日です。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2011/01/25 11:14:18.041 GMT+9



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