「おーい、こっちに来てみい。夕日がきれいだぞ」。夕食の仕度に忙しくしていた俊子さん(70)に、夫の行雄さん(81)が、こう声を掛けました。「ほんとに、もう。自分は何もしないのに…」とつぶやきながら、俊子さんは台所仕事の手を止めて行雄さんのそばに行きました。
行雄さんは、食卓に座れば食事は並んでいるのが当たり前という、亭主関白な人でした。言われるままに、窓の外を見ると、入り日があらん限りの力を振り絞るかのように、真っ赤な光を放っていました。
俊子さんは、教会への日参を欠かさない信心熱心なお母さんのもとで育ちました。しかし、結婚当初、行雄さんは俊子さんが教会へ参拝することを歓迎してくれませんでした。
自宅から教会へは、バスを乗り継いで片道一時間ほどかかります。俊子さんは、行雄さんの留守中に教会に参拝して家族の立ち行きを祈り、行雄さんが仕事で出張する際には、彼の腹巻きの中に、そっとご神米を忍ばせていました。
そうした俊子さんの献身と神様への信仰のあつさに、行雄さんの気持ちも次第に和らぎ、俊子さんが腹巻きにご神米を入れ忘れると、「入ってないぞ」と、催促されるまでになったのです。
しかし、参拝で家事が後回しになるようなことがあると、「わしと神さんと、どっちが大事だ!」と雷が落ちました。
行雄さんは定年退職後、それまで以上に俊子さんを束縛するようになりました。
またそのころ、同居している長男夫婦に問題が起きてきたり、俊子さんの実家の母親が介護を必要とするようになるなど、難しい状況が続きました。俊子さんは、教会に参拝して助かりたい、心の安心を得たいと、思いを募らせました。
そんな折、行雄さんが、「お母さんのところへ行かんでもいいんか」と、実家の母への気遣いを見せてくれたのです。
それからは、「今日はしんどいから、やめようか」と思う時でも、夫の促しに押されて看護に取り組みました。また、時間を見つけて参拝を続けるうちに、息子夫婦の問題にも解決の道筋がついていきました。