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手元の信心を世界に広げる【金光新聞】

海外で道を求める人に応える

 情報通信技術の進歩とともに、お道の信心の伝わり方・広がり方にもさまざまな形や可能性が生まれてきている。そうした中で、あらためて国や時代を問わず、変わらない大切なことがあることに気付かされる。

 インターネットの普及により、金光教国際センターや本部の公式ホームページを通じて、海外から金光教に関する問い合わせのメールが届くことがある。それまで信仰していた宗教に違和感を覚え、インターネットで信仰を探し求める中、金光教にたどり着いたという人も少なくない。
 「金光教は、仏教や神道とどう違うのですか」「天地の創造についてどう思いますか」「同性愛についてどう考えますか」など、その内容はさまざまであり、ほとんどの人が「教会に参拝したい」「お取次を頂きたい」「金光教の信奉者と話がしたい」といった思いを訴え掛けてくる。
 国際センターではそれらの要望に対し、比較的近い場所に教会がある方には教会を紹介し、教会のない地域の場合は、海外の教会や信奉者らと協力し、インターネットを利用して、コミュニケーションの場を持ったり、集会を開催して応えてきた。
 具体例を挙げると、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を通じて、質問に答えたり、無料のビデオ通話ソフトを利用し、ご祈念会や教話を行っている。

 そうした中から、拝詞集や金光教教典抄『天地は語る』の翻訳に当たってくれる人も出てきた。そのやりとりを通して、金光教のことをもっと理解したい、役に立ちたいという気持ちが伝わってくる。
 また、ヨーロッパやオーストラリアで開催してきた金光教集会では、参加者は皆、開催を心待ちにし、中には毎回友人を誘って参加する人もいた。皆でご祈念ができることや日頃あまり会う機会のない道の仲間と共に、信心の話をして、いろいろなおかげ体験を共有できることを心から喜んでいた。
 こうした取り組みを通して、私は、あらためて神様を求めていく大切さとその姿勢を教えて頂いたように感じた。同時に多くの人々が、一度も金光教の教会に参拝したことがない人だったことにも心打たれた。
 このような人々がもし教会へ参拝できたら、どんなに喜ばれるだろうかという思いとともに、当たり前のように教会へ参拝できることは、なんとありがたく、稀有(けう)なことであったかと思わされたのである。

 教会のない地域にあって、この道を求め信心している彼らのことを思う時、私自身が教会に参拝できることやお取次を頂くことなど、あらためて手元の信心を大切にしていきたいと思う。そして、その手元のところから生まれる信心の喜びや感動が、やがて大きくなって周りに広がっていくことを願っている。
 「そんなことは世界布教と関係ない」と思われるかもしれない。しかし、このお道は、大谷という日本の一地方で、教祖様お一人から始まった。
教祖様が神様に向かいご信心を進められる中で、教祖広前ができ、お取次を頂き助かる人々が生まれた。その輪が全国へ広がり、時代を超えて私にも伝わり、世界各国にいる人々へと伝わっている。
 ここからの世界布教の取り組みも、私たち一人一人の信心から始まると強く思う。

<浅田 幸恵(前・金光教国際センター次長)/b>
(「フラッシュナウ」金光新聞2014年9月21日号)

投稿日時:2014/10/08 09:09:19.019 GMT+9



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