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人生を変えた本部参拝【金光新聞】

「ご本部にお参りさせてもらおう」

 私(45)の祖父は金光教の教師で、私は小さい時から両親に連れられて教会へ行っていました。しかし、祖父から信心の話や教えを聞くことはないまま、私が大学生の時、祖父が亡くなると、教会とも疎遠となりました。
 私は大学を出て、幾つかの職に就きましたが、どれも長続きしませんでした。そんな中で阪神淡路大震災が起き、さらに妻との離婚と続き、夢も希望も打ち砕かれました。
 失意の中で、私は心を病んで実家へと戻りました。何もやる気が起きず、精神科へ通院しながら約1年間、実家で寝たきりに近い療養生活を続けました。
 そんな日々を送っていたある時、私はリハビリのつもりで、教会に参拝することを思い立ちました。片道4キロの道のりを、毎日歩いて参拝するうち、その道すがら目に付いたごみを拾うなど、今できることをしようという、心のゆとりが少しずつ出てきました。

 このころ、私は教会や祖父の墓前で、「これからどうすればいいのか」と自問し続けました。それは、自分の居場所を得たいという願いに促されてのことでした。そうして2カ月ほどがたったころ、ふと、「このままではいけない。金光教のご本部(岡山県浅口市金光町)にお参りさせてもらおう」という、強い気持ちが湧き起こりました。
 私は、ご本部へは幼い時に一度だけ、両親に連れられて行ったことがあると聞いていましたが、記憶には残っていませんでした。なぜご本部に行こうと思ったのか、自分でも分からないまま、とにかく、リュックサックに寝袋を入れて準備を整えると、教会へ参拝し、叔母である先生に200キロ以上ある本部まで歩いて参拝する旨を話し、出発しました。

約1週間にわたる徒歩参拝

 ところが、いざ歩き始めると、長い療養生活で体力が弱っていたことから、思うように足が前に進まず、電車を見ると、「あれに乗ってしまおうか」という衝動に駆られました。葛藤を重ねながらも、全行程を野宿しながら歩き抜き、約1週間でご本部へ到着することができました。お広前へ一歩入ると、どこか懐かしい感覚に包まれました。
 神前で祈念してお結界へ進み、金光様に「無事、歩いて参拝ができました。ありがとうございました」と申し上げると、金光様は間髪を入れず、「そうですか!」と言われました。内心、「遠い所を、よく参ってきた」といった優しい言葉を期待していた私は戸惑い、次の言葉が出ませんでした。すると、金光様が、「あなた、ご家族は何人ですか」とお尋ねになり、「父母と私の3人です」とお答えすると、ご神米を3体お下げくださいました。

 お結界から下がった私は、お広前に座して、天井を見るとはなしに見回していると、にわかに心の奥底から、「ここでなら生きていける。ここでなら、いつ死んでもいい」という思いが込み上げてきました。そして、祖父は私が幼い時からずっと、私のことを祈り続けてくれていたことに気付かされたのです。
 この体験が、その後の人生を変えました。
 私は翌年、教会の先生や家族の祈りの中で金光教学院(金光教教師の養成機関)に入学し、お道の教師にならせて頂きました。以来、今日まで「祈られて生かされている命」という思いを大切に、信心の稽古に取り組んでいます。


※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2015/05/03 09:00:00.000 GMT+9



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