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さっきは僕が悪かった【金光新聞】

妻を怒鳴ってしまい

 今年の7月10日で、私(当時30)が結婚して28年になりました。結婚式ではある人から「夫婦学校入学おめでとう!」と祝辞を頂き、「お互いが、夫になって1年生、妻になって1年生です。一年一年進級していきましょう。そのためには、相手に求めるのではなく、自分自身が良い夫、良い妻になるように努力しましょう」と教えて頂きました。
 そんな私たちの夫婦生活も1年が過ぎ、仕事で、ある大切な取引の当日のことでした。この数日間、その準備に追われ、心身ともにくたくたな上に、失敗してはいけないというプレッシャーで、朝からピリピリしていました。そんな中で、着ていこうと思っていたワイシャツが無いので探していると、そのワイシャツに妻がアイロンを当てている姿が目に入りました。
 その瞬間、私は「今ごろ何してんねん!」と怒鳴っていました。「ごめん。昨日は子どものことでいろいろあって…」と、謝ろうとする妻の言葉を遮るように、「もうええ!」と奪い取り、ワイシャツを着ました。妻の目から涙がこぼれ落ちていましたが、「泣きたいのはこっちや!」と思いながら、慌てて家を出ました。

 しかし、自転車で取引先に向かう道中、先ほどのことが気になりました。すると、「夫婦は他人の寄り合いである。仲よくすれば一代安心に暮らされる。夫婦げんかをしても、後から心が折り合う時よく考えてみると、わけがわかる。この事柄を自分でわかるということは、天地の神様よりお与えくだされた御霊(みたま)が、体の司(つかさ)だからである」という教祖様のみ教えとともに、参拝する教会の先生が、いつも「この教えのままに、信心する人は神様からの促し、神心(かみごころ)で反省しているのであるから、素直に自分から謝っていくのです」と、話してくださっていたことを思い出しました。
 その瞬間、私は「妻は今、妊娠していて上の子もまだ2歳。しかも高齢の義父の面倒だってあるのに…。僕が悪かった」と、心の中で妻にわびていたのです。

神心のままに反省

 そんな思いになった矢先、取引先に持っていく手土産を、家に忘れたことに気が付きました。「しまった!急いで戻ればまだ間に合うけど、妻にどんな顔をすれば…」と一瞬迷いましたが、「素直に謝ろう」と決めました。
 急いでペダルをこいで家に戻りましたが、玄関の前に来ると、「あれだけ怒鳴っておいて本当に謝るんか? 男のプライドに関わるんやないのか」と、もう一人の自分が言うのです。しかし、その言葉に負けじと玄関を開けると、そこにはまだ妻がいました。すかさず心の中で「金光様!」と念じながら、「さっきは僕が悪かった! ごめん」と頭を下げることができました。妻も「私こそ…ごめんなさいね」と、返してくれ、私は晴れやかな気持ちで取引先へと向うことができました。

 人間は皆、生まれてきた時から、かわいいと思う心(優しい心)を神様から頂いて生まれてきています。それなのに、「僕が」「私が」という我(が)が出てきて、自分勝手な生き方をしてしまいがちです。それでも、後から出てくる反省する心も、皆、神様から頂いています。神心のままに反省し、謝罪し、改まることを繰り返し稽古して、一年一年良い夫として進級していきたいと、28年たった今も思うのです。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2016年8月21日号掲載)


メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2017/12/28 10:00:00.000 GMT+9



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