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孫からの感謝をお供え【金光新聞】

ツル子さんと恵美さん

 桜の咲き誇る4月。この時期になると、ある青年の初任給にまつわる話を思い出します。
 私がご用している教会に、長年お参りしていた谷山ツル子さんという方がいました。今から10年前、ツル子さん(当時76)は病気のため、教会に参拝できなくなったことから、時折、息子の妻である恵美さん(当時45)が、ツル子さんからお供えを言付かってお参りするようになりました。おそらくツル子さんは、金光教を知らない恵美さんが、少しでも信心に触れてくれることを願っていたのだと思います。
 しかし、最初は教会に来ても「義母からお供え物を預かってきたので、ご神米(*)を下さい。そうじゃないと教会に行っていないと言われますから」と、玄関先でご神米を受け取って帰るだけでした。

 ツル子さんと恵美さんはあまり馬が合わなかったようで、ツル子さんも教会に参拝されていた頃は、恵美さんへの不満をこぼすことがありました。
 とは言え、恵美さんも、教会に参ればツル子さんの機嫌が良くなるので、と参拝を続けていました。すると次第に、他の信者さんとも打ち解け、自らお結界でお取次を頂くようになり、教会婦人会の会計のご用も担われるようになりました。
 そして今から3年前の4月、私はツル子さんの家の近所に用事があったので、ツル子さんの顔が見たいと思い、家を訪問しました。久しぶりに会ったツル子さんは、ベッドに横たわり酸素吸入をしていましたが、元気な様子でした。
 ツル子さんは「先生にお会いしたかった…」と言って近況を話してくれた後、突然、茶封筒を取り出し、私に手渡しました。「このお金は、18歳になった孫の吉君が『ばあちゃんにいっぱい世話になったから』と、初任給の中から送ってくれたものです。どうか、神様にお供えしてください」と言ったのです。
 吉君は、恵美さんの三男で、その年の春に実家を離れ、社会人になったばかりでした。吉君は学生の頃に不登校だった時期があり、その時に、支えてくれた感謝の気持ちをツル子さんに伝えたかったのだと思います。

孫を思う姿に

 私はとっさに「ツル子さん、これは吉君が一生懸命働いた証し。大好きなツル子さんに喜んでもらいたい、という気持ちが詰まったものですから」と言って返そうとすると、ツル子さんは「いえ、吉君のお礼として神様にお供えしてください。そうじゃないとこの先、吉君が助かっていきません。吉君のためだと思って…」と、振り絞るような声で言われたのです。
 そばにいた恵美さんは、病床の身でありながら、孫の立ち行きを一心に祈っているツル子さんの姿を見て、目に涙を浮かべていました。ツル子さんが神様に願ってくれたことで、家族思いな青年に育ってくれたのだと納得できたそうです。
 私は、「神と人とあいよかけよで立ち行く」という真の姿を見せて頂いた気がして、感動しながら教会へ帰りました。

 その翌年、ツル子さんはたくさんの親族に見守られ、亡くなりました。その後、恵美さんの長男夫婦も教会にお参りされるようになりました。
 春風に桜の花びらの舞う中、私はツル子さんの笑顔を思い浮かべます。「ツル子さん!信心のバトンは渡せましたよ!」

*ご神米=神徳が込められたものとして授けられる洗い米。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

「心に届く信心真話」2019年4月28日号掲載
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2020/05/20 09:52:24.678 GMT+9



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