神人あいよかけよの生活運動

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金光教報『天地』 7月号 神人あいよかけよの生活運動


『「神人の道」「親子の道」』 狹川慶郎(京都・山科東野)

覆された私の当たり前
 私には現在、小学3年生の息子がいます。私はこの子が生まれるまで、「子どもは放っておいても勝手に育つ」と簡単に考えていました。子どもは、生まれたばかりの時には何もできませんが、そのうちにだんだん首が据わり、それから一人で座れるようになって、ハイハイができるようになり、やがて歩けるようになる。これが当たり前のことだと思っていました。
 しかし、息子の場合は、世間で言われるそういう時期からしばらく経っても、なかなか一人で座ることができず、そのために保健所の定期検診で引っかかりました。生まれて6カ月目の検診でした。
 その時、保健所の先生からは、「なかなか座れない子もいますから、もう少し様子を見ましょうね」と言われたのですが、そのまま8カ月になっても、10カ月が経っても、一人で座ることができませんでした。
 そのため、今度は保健所から専門の病院を紹介されました。そこであらためて検査をしてもらうと、どうも息子は背中の筋肉が弱いらしく、リハビリをする必要があると言われました。そして、早速その病院で理学療法士の先生から指導を受けることになりました。リハビリと言っても、まだ座れない赤ちゃん向けの運動ですので、とても単純なものでした。ただ体を横にして、まっすぐ寝かせた姿勢のまま1分間じっとさせるだけで、それを左右両方、1日4セットずつするのです。
 ところが、それをさせると、息子は激しく泣いて嫌がりました。考えてみれば、1歳の子をじっとさせると嫌がるのは当たり前だと思います。息子はリハビリのたびに嫌がって、あまりに泣くので、私も妻も本当に困り果て、「今度病院に行った時に、リハビリの先生に相談してみよう」ということになりました。

泣き叫ぶ息子を前にして
 そのリハビリの先生は、中年の女性で、見るからに厳しそうな人でした。それでも、その先生しか相談する人がいなかったので、妻と二人で、「先生、すみません。リハビリをすると息子がどうしても泣くんです。どうしたらいいのか困っています」と相談しました。
 すると先生は、「もし、どうしても泣くのでしたら、無理してしなくてもいいですよ。泣いたら抱っこしてあげて、リハビリは中断しても結構ですよ」と言われました。厳しい感じの方だとばかり思っていたのに、意外な優しい言葉に、私も妻も、それを聞いてほっとしました。
 「よかった、よかった。それなら何とかなりそうだ。何だ、この先生も意外といい人なんだな」と思っていると、続けてその先生が、「では、今日もリハビリをしましょうね。まず私がやりますから、お父さんとお母さんはそこで見ていてくださいね」と言って、先生が息子にリハビリを始めました。
 すると案の定、嫌いなリハビリが始まりましたので、息子は泣き始めました。しかし、先生は平然とそのまま続けます。「先生、息子が泣いてますが…」と言うと、先生は「このくらいなら大丈夫です」と冷たく言い返されました。
 「おや、どうも話が違うぞ」と思っていると、先生はさらに、「いいですか。来週からは新しいリハビリもしてもらいますからね。このリハビリは本当は3種類あるんです。まだ1つ目ですよ。次は2つ目のリハビリですけど、私が今からどんなものか見本を見せておきます」。
 こう言って、息子をうつ伏せの状態にして、それから先生が上から全身を使って、柔道の寝技のように息子を押さえ込み始めました。すると、息子はそれまでのただ横向きにさせるだけのリハビリでも大泣きしていたのに、上から体格のいいおばさんにのし掛かられて、体をがっちり押さえつけられましたので、当然嫌がって泣き始め、とうとう最後には私たち親がこれまで見たことがないような激しい泣き方になりました。側でそのありさまを目の当たりにした私としては、「ここまでしないといけないのか」と衝撃を受けました。
 息子は、全身を押さえ込まれている状態を何とか解こうとして、泣き叫びながら必死に抵抗していましたが、リハビリの先生はそれ以上に必死になって押さえ込もうとしていました。「いいですか、お父さんもお母さんも見ていてくださいよ。来週からこれをやってもらいますからね。これくらいの暴れ方なら、こうして押さえ込むんですよ」と言われましたが、息子は息子で必死です。先生の押さえ込みを頑張って外してしまいました。私は、「うわ、押さえ込みを外したぞ」と内心慌てました。すると、先生はさらに力を入れて、「いいですか、体が外れても、またこうやって押さえ込んでね…」と言って、さらに押さえ込もうとします。しかし、それをまた息子が外します。
 その攻防が何度か繰り返されて、とうとう最後には先生が、「ええい、もう今日はこのへんにしといてあげましょう」と言って、リハビリを途中でやめてしまいました。「先生も諦めてるじゃないか!」と、内心思いましたが、とてもそんなことを言える雰囲気ではありません。それでも恐る恐る先生に、「あの…先生、今くらい泣いていても、リハビリは中断せずに続けた方がいいですか」とあらためて尋ねると、「今ぐらいなら、やらないといけませんよ。来週からしっかりやってもらいますからね」と、最初の優しい言葉はどこへやら、かつてないほど息子が泣き叫んでいたにも関わらず、おまけに先生でもできなかったのに、「何を言うのか、しっかりやってこいよ」と言わんばかりでした。

「心を鬼にしちゃいけんぞ」
 帰りの車中、息子はリハビリに疲れ切って眠ってしまい、私たち夫婦は、それまでのリハビリもできなかったのに、次からはより一段と激しい運動が始まるということに、沈みきった暗たんたる思いで帰りました。その時、私は迷っていました。
 「リハビリをさせないといけないことは分かる。お医者さんも絶対しなさいと言っているし、子どもの将来のためにも、今できることはもちろんしたい。けれども、本当にここまでしないといけないのか。息子があれだけ泣いて嫌がるのに、それでも心を鬼にしてまでリハビリをしないといけないのだろうか。無理矢理にでもリハビリをさせないといけないのだろうか」このように思い、どうしていいのか分からなくなりました。私はその悩みを自分では抱えきれず、日頃から懇意にさせていただいているお道の先輩の先生に電話で相談しました。
 「先生、これこれこういうことで、以前から申していましたとおり、やっぱり息子はリハビリを泣いて嫌がります。病院の先生は、どんどんリハビリをしなさいと言います。それはもちろん分かります。でも、私は自分の子どもだけに、泣いて嫌がる息子を見ると、不憫に思えてなりません。それでもやっぱりしないといけないものですか? 子どもが泣いても、心を鬼にしてやらないといけないものですか?」
 私としては、本当にどうしたらいいのか分からなかったのですが、そう言うと、先生はこうおっしゃいました。
 「あのな、心を鬼にしてと言うけどな、心を鬼にしちゃいけんぞ。それははっきりしとかんといけんぞ。心を鬼にするんじゃねえぞ。そうじゃなくてな、他の者はようせんけど、親じゃからできる。親じゃから、せにゃいけん。それで自分が親にならにゃいけん。親じゃから、子どもが泣いてもせにゃいけん。大きゅうなった時に分かってくれりゃええんじゃから、今はそれをしてあげなさい。それであなたが親になるんぞ」
 このように言ってくださいました。 私はこの「親だからするんだ」という先生の言葉を聞いて、本当に気持ちがすっと楽になりました。そして、「そうか、心を鬼にするんじゃないんだな。鬼になんかならなくていいんだ。僕が親だから、子どもにしてあげるんだ。他の誰でもない、親の自分だからこそ息子にしてあげられることがあるんだ。どうせ子どもが泣くのなら、せめて僕がやってあげよう。他の誰でもない、親の僕がしてやろう。これが親の役目なんだ」。こう思えることができ、心から元気が出てきました。
 「先生、分かりました。そういうことでしたら、思いきりさせてもらいます」。こう言って、私は電話を切り、家に帰ってから早速息子と一緒にリハビリをしました。すると、意外にも息子は泣きませんでした。これは本当に不思議なことですが、私はお取次を頂いたことで神様が助けてくださったと感じました。それ以来、あまり息子が嫌がらずにリハビリができるようになったのです。

神様は親だからこそ
 考えてみると、私自身も両親から「親だからこそしてくれた」ということが、たくさんあります。このような親子の間柄というのは、神様と私たちとの間柄と同質のものだと思えます。神様は、私たちがどうしても通らなければならない道があれば、たとえそれがどんなに大変な道でも、そこを一緒になって通ってくださるのではないでしょうか。けれどもそれは、神様が鬼のように怖い方で、無理矢理に私たちをつかまえて大変な道を通らせるのではありません。神様は私たちの親だからこそ、どんな道でも私たち一人ひとりのことを抱きしめて、一緒になって通ってくれるのだと思います。
 私は、親としての心持ち、神様のお心を教えてもらいました。子どもに何かあれば、すぐにこの時のことを思い出して、それでまた元気を出しています。本当にこのお道の信心はありがたく、親から信心を伝えてもらって、本当によかったと思っています。
 もちろん、息子のために頑張ったのは私だけではありません。妻は私以上に心を砕き、一生懸命息子のために頑張っていました。親としてできる限りのことをしようと身をていする妻の姿勢には、本当に頭が下がります。
 おかげで息子は今は何ともありません。毎日毎日、「サッカーやろう」「キャッチボールやろう」と元気いっぱいです。息子自身もリハビリは大変だったと思います。けれども、親子三人が一緒になって、そういうところを通ってきました。これからも息子と一緒に歩いていこうと思っています。
(2019/7)

   



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