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	<title>金光教 KONKOKYO</title>
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	<description>KONKOKYO WEBSITE</description>
	<pubDate>2010/03/11 11:36:06.340 GMT+9</pubDate>
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		<title>天地金乃神大祭のご案内</title>
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		<pubDate>2010/03/11 11:36:06.340 GMT+9</pubDate>
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<category><![CDATA[文字]]></category>

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		<description><![CDATA[　天地金乃神大祭が、4月1日、4日、7日、10日の4回にわたり、教主金光様ご祭主のもとに執り行われます。天地金乃神大祭は、天地金乃神様の広大なみ恵みと深いおぼしめしに対し、感謝の真を捧げるとともに、生神金光大神様をお差し向けくださった神様のへの思いを深め、神願成就を祈願する祭典です。

<font size="+1"><b>祭典次第</b></font>
　4月1日,7日,10日は午後1時30分
　4月4日は午前9時30分

先　祭員着席
次　開帳
次　拝礼
次　神前拝詞奉唱
次　取次唱詞奉唱
次　祭主祭詞奏上
次　祭主玉串奉奠
次　天地書附奉体
次　参拝者総代玉串奉奠
次　教務総長挨拶
次　神徳賛詞奉唱
次　「神人の栄光」斉唱
次　拝礼
次　祭員退下

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[]]></content:encoded>
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		<title>3月10日　月例祭祭典後の教話　その1</title>
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		<pubDate>2010/03/10 16:27:10.052 GMT+9</pubDate>
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<category><![CDATA[動画]]></category>

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		<description><![CDATA[岡成 敏正 先生(金光教育成部長/山口県 鹿野上教会)　3月10日本部広前では教主金光様ご祭主のもと月例祭が仕えられました。祭典後、岡成 敏正 先生(金光教育成部長/山口県 鹿野上教会)の教話が行われました。動画は祭典後の教話その1です。【11分09秒】 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[岡成 敏正 先生(金光教育成部長/山口県 鹿野上教会)]]></content:encoded>
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		<title>3月10日　月例祭後の教話　その2</title>
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		<pubDate>2010/03/10 16:20:15.303 GMT+9</pubDate>
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<category><![CDATA[動画]]></category>

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		<description><![CDATA[岡成 敏正 先生(金光教育成部長/山口県 鹿野上教会)　3月10日本部広前では教主金光様ご祭主のもと月例祭が仕えられました。祭典後、岡成 敏正 先生(金光教育成部長/山口県 鹿野上教会)の教話が行われました。動画は祭典後の教話その2です。【12分01秒】 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[岡成 敏正 先生(金光教育成部長/山口県 鹿野上教会)]]></content:encoded>
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		<title>ご霊地の風景　雪</title>
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		<pubDate>2010/03/10 10:55:33.418 GMT+9</pubDate>
		<dc:creator>konkokyo</dc:creator>
		
<category><![CDATA[写真]]></category>

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		<description><![CDATA[3月9日雪3月9日、ご霊地では朝から雪が降りました。境内の建物や草花にも、少し雪が積もっています。【写真10枚】]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[3月9日雪]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>ご霊地の風景　雪</title>
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		<pubDate>2010/03/09 15:01:43.459 GMT+9</pubDate>
		<dc:creator>konkokyo</dc:creator>
		

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		<description><![CDATA[3月9日　雪3月9日、ご霊地では朝から雪が降りました。境内の建物や草花にも、少し雪が積もっています。【39秒】]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[3月9日　雪]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>金光教の声ダウンロード</title>
		<link>http://web-konkokyo.info/data/n1268027559</link>
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		<pubDate>2010/03/08 14:52:39.073 GMT+9</pubDate>
		<dc:creator>konkokyo</dc:creator>
		
<category><![CDATA[文字]]></category>

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		<description><![CDATA[ラジオ放送原稿2009年10月～12月放送分　「金光教の声」（ラジオ放送原稿）2009年10月～12月のダウンロードサービスを行っております。
　ラジオ放送「金光教の時間」は、全国10局から毎週放送しており、放送済み分の13話をお届けします。

　ダウンロードのうえ、各自で印刷してご活用ください。
　なお、無断で、本文の一部または全文を他の印刷物にしたり、あるいは、他のホームページ等で掲載することはできません。金光教の教会等で本文の内容を引用したいときには、必ず、金光教本部インターネット係までご連絡ください。

　PDFファイルは、A5版60ページになります。
　印刷方法は、Adobe Reader（最新版）の[ファイル]-[印刷]から行ってください。

　印刷のヒントとして、[ページの拡大/縮小]で[用紙に合わせる]を選択し、A4の用紙で印刷すれば、大きな文字で印字できます。（印刷枚数は60枚になります。）
　[ページの拡大/縮小]で[1枚に複数ページを印刷]を選択し、[1枚あたりのページ数]を 2 とし、[ページの順序]を 横(右から左) として、A4の用紙で印刷すると、袋とじの状態で印字できます。(印刷枚数は30枚になります。)
　両面印刷が可能な場合は、[小冊子の印刷]を選択し、[綴じ方]を右とするとよいでしょう。(印刷枚数は15枚になります。)

　<a href="http://web-konkokyo.info/kyokai/ministers/index_html">ダウンロードサイトへ</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[ラジオ放送原稿2009年10月～12月放送分]]></content:encoded>
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		</item>
			<item>
		<title>神様をもっと知りたい</title>
		<link>http://web-konkokyo.info/data/n1267676715</link>
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		<pubDate>2010/03/04 13:25:15.439 GMT+9</pubDate>
		<dc:creator>konkokyo</dc:creator>
		
<category><![CDATA[文字]]></category>

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		<description><![CDATA[死んでしまったらどうしよう
　今から23年前、私(当時25)が大阪での会社勤めを辞め、実家の九州に帰省した時のことです。母から「大阪から帰ったことを神様にお届けしてきなさい」と言われ、1人で教会へ参拝しました。
　熱心に金光教を信仰する両親は、娘の私を幼いころから教会に連れていきました。私は、父がお結界で深々と頭を下げながらお届けをする姿を目にしていましたが、1人でお届けするのは、その時が初めてでした。
　当時、お結界は自分の願いを神様へ伝える場所だと思っていたので、この時も私は、「良い仕事が見つかりますように」と、お届けしました。すると、お結界に座っていた先生の表情が見る見る険しくなり、「今まで無事に働かせて頂いてきたのに、そのお礼も言わず、もう次の就職のお願いか！」と、厳しい口調でしかられたのです。
　その瞬間、私の心は大きく揺さぶられました。そして、約1年前に起きたバイク事故の様子が鮮やかによみがえってきたのです。

　それは、私が会社の後輩にバイクの運転を指導していた時に起きました。その後輩が、運転操作を誤って私の乗っていたバイクに衝突し、その弾みで道路へ投げ出され、地面に頭をたたき付けてしまったのです。
　私はすぐに救急車を呼び、後輩は病院へ搬送されましたが、脳挫傷を負ってけいれんを起こし、危険な状態でした。私は、苦しむ後輩の姿を目の当たりにしながら、「このまま死んでしまったらどうしよう」と、強い不安に駆られました。この時、ふと教会の存在が心に浮かんだのです。
　すぐに母に電話し、事故の詳細を話すと、母は急いで教会へ行き、お届けをしてくれました。この時、先生から「事故の内容を手紙に書いて教会に送るよう、娘さんに伝えなさい」と言われたそうです。その話を母から聞いた私は、事故の詳細と後輩の全快を願う内容を手紙にしたため、教会に送りました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[死んでしまったらどうしよう]]></content:encoded>
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		</item>
			<item>
		<title>青少年活動期間に当たって</title>
		<link>http://web-konkokyo.info/data/n1267411843</link>
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		<pubDate>2010/03/01 11:50:43.147 GMT+9</pubDate>
		<dc:creator>konkokyo</dc:creator>
		
<category><![CDATA[文字]]></category>

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		<description><![CDATA[「ぼくは、『生かされて生きる』というような消極的な生き方はしたくありません。だれにも頼らず、自分の力で生きていきます」
　これは本教関係の高等学校生徒による入学直後の感想文で、昨年、本部で開催された教師セミナーで紹介されたものだ。本教関係校とはいえ、そのほとんどが未信奉者家庭の子どもたちなので、近年は、こういうことを堂々と言う生徒が増えてきたという。
　戦後日本の教育では、教育現場で宗教的なことが扱われなくなり、そういう環境の小学校、中学校で育った子どもたちが高校へ進学してくる。また、いわゆる団塊の世代と呼ばれる人たち以降に顕在化した宗教離れは、急速に広がって、次の世代になると、宗教の儀礼や慣習はもちろん、宗教への知識や関心もなくなっている。
　そのため、今の子どもたちは、親から天地自然の恵みや神様のことを聞いたことがなく、自分で天地とか神様のことを感じたり、考えることもない。そういう世代の親と子が確実に増えてきており、それが先の感想文ともなって表れているということであった。
　ちなみに、本教関係校の生徒は、私学に認められた宗教という授業をとおして、天地の恵み、神様のこと、お世話になっての自分ということを少しずつ感じ、考えていくようになる。とはいえ、その大切さは容易に理解されず、多くの親と子から受験に関係のない授業として疎まれているのが現実であるという。
　このような現場の声に出合わされてみて、宗教離れが進む現代社会の実際に驚かされる。と同時に、あらためて現代の子どもたちを取り巻く環境の厳しさを思わせられるが、『日本のこころの教育』（境野勝悟著）には、その宗教離れにかかわる興味深い話が掲載されている。
　それによると、日本人には古来からの太陽神信仰が伝統的に深く根付いており、その信仰が日常的なあいさつのなかに織り込まれていた。すなわち、私たちは人に出会って、「こんにちは、お元気ですか」と呼びかける。この「こんにちは」は、「今日様」が語源で、太陽、お日様のことを指している。お日様のお徳のなかに生かされているお互いが出会ったのだから、「やあ、太陽さん」という意味を込めての「こんにちは」であった。続く「お元気ですか」の「元気」は、元の気と書いて、太陽のエネルギーを指している。「お日様のエネルギーを頂いて、明るく生きていますか」という意味での「お元気ですか」であった。
　これに対して、「はい、おかげさまで」と答える。これは文字どおり、お日様のエネルギーを頂いての「おかげさま」であった。そうして最後に、「さようなら、ご機嫌よう」となるが、お日様のお徳のなかに生かされているお互いが出会い、そのお徳のおかげで元気にしていることを確認し合ったので、「さようでござりますれば（そういうことであるなら）安心ですね、ご機嫌よう」と言って別れていたという。
　こうした一連のあいさつは、現代も日本人としてごく普通に行われているが、かつてはお日様のお徳を身に受けてのお互いということを確認するあいさつだったのである。「天の恩を知りて、地の恩を知らぬこと」との教祖様のみ教えがあるが、当時の日本人は、確かに天の恩を知っていたということになる。それがいつの間にか、地の恩はもとより、天の恩も忘れてしまい、そのなかでの現代の宗教離れでもあると理解されよう。
　次に紹介するのは、四代金光様のお歌をもとにした、ある先輩教師の教話の一節である。　
　＜…「喜怒哀楽先にはあらず賜びし命ありてめざめて後のことなり」と。喜怒哀楽というのは、神様から頂いた命というものがあり、お目覚めを頂いて、それから後のことなんだと。頂いている命ということと、目が覚めるということ、その働きのなかで喜怒哀楽というものがあるのだとおっしゃっている。この順序を間違えないようにということを、絶えずご理解くださっているのである。ところが、現代では、神様のお恵みやお徳を感じることが乏しくなってきて、命あっての私というのが本来であるのに、私が命を自分勝手に取り込んでしまい、わが自由になるものと思いなしている。…＞
　ここでは、「賜びし命」という深い信仰的洞察をもとに、天地に根差した私の命であり、その命あっての私の喜怒哀楽の人生なのだと語りかけられ、そのうえで、天地のお恵みや神様のご領分というものを認めようとしない現代人の問題が指摘されている。冒頭の感想文に代表される子どもたちのことを思う時、この教話のように、この道の信心をもって私たちの命や人生の根源にかかわる天地や神様のことを、子どもたちに語りかけていくこと。そのことが、われわれ信奉者の大切な信心実践として求められているように思われる。
　青少年活動期間を迎えて、共々に周囲の子どもたちに、天地のことや神様のありがたいことを、少しでも語り伝えていくお役に立たせていただきたい。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[]]></content:encoded>
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		</item>
			<item>
		<title>"取次の本質"求めた３日間</title>
		<link>http://web-konkokyo.info/data/n1267150264</link>
		<comments></comments>
		<pubDate>2010/02/26 11:11:04.371 GMT+9</pubDate>
		<dc:creator>konkokyo</dc:creator>
		
<category><![CDATA[文字]]></category>

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		<description><![CDATA[教会布教教師研修会　本部　2月2日から4日までの3日間、教会布教教師研修会が霊地（岡山県浅口市金光町）の金光北ウイングで開かれた。各教区選抜の教師34人、当局者、本部関係職員が「結界取次の充実を願って―この道の信心をもとに、今の自分を問う」をテーマに、結界取次における自らの課題を求め合った。

　同研修会は、結界取次の充実を願って昨年刊行された冊子『取次に生きる』を手掛かりに、信心や取次、ご用の実際を問うことで、神様と自分との関係を再確認し、ここからの取り組みを促そうと開催されたもの。
　午後1時30分、本部広前会堂でのご祈念、お届けの後、「金光北ウイングやつなみホール」で開会式が行われ、佐藤光俊教務総長が「お道に生まれて何をすべきか、と問い掛けながら、本来、取次の内容とは何であるかを求めていきたい」とあいさつ。続いて、安武秀信教会部長が趣旨説明し＝写真、「取次とは、取次者本人が頂いている自分と神様との関係を人へ取り次ぐこと。結界取次の充実には、取次者の信仰的価値を高めるよりほかにないとの覚悟を持つことが出発点になる」と述べた。
　その後、2日目まで約12時間に及ぶ班別懇談が行われた。参加者は、「神様」「具体的なご用の実際」「自分の正体」「取次者としての基本姿勢」の中から事前に指定された課題について発題。それを基に、ご神願や取次、おかげの意味、人間の真の助かりなどについて意見を出し合い、相互研修に励んだ。
　最終日は、2グループに分かれ「取次とは何か」について懇談。閉会式では、「私と神様の間柄を密接に、より大きくしていく以外にない」「今の自分がこれから先どう変わっていくべきか。自己を問う大切さを感じた」といった所感が発表された。
　最後に、岡成敏正育成部長が総括講話し、「ある先師が教話の中で、『信心はせんでもおかげはやってある』と教祖様が仰せになる『おかげ』とは、信心しておかげを受けて初めて感じ取ることができるのではないかと気付かされた、と言われている。この道の取次とは、信心しておかげを受けてきた者が、信心生活を通してそれまで目に見えなかったおかげ、すなわち『信心はせんでもおかげはやってある』と仰せられた神様と人間との間柄を示す豊かな内容を、参拝者へ語っていくことではないだろうか」と述べた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[教会布教教師研修会　本部]]></content:encoded>
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		</item>
			<item>
		<title>何事も神にさせて頂く</title>
		<link>http://web-konkokyo.info/data/n1267149471</link>
		<comments></comments>
		<pubDate>2010/02/26 10:57:51.038 GMT+9</pubDate>
		<dc:creator>konkokyo</dc:creator>
		
<category><![CDATA[文字]]></category>

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		<description><![CDATA[教会長としてのビジョン 長引く経済不況で企業倒産が相次ぎ、失業者も増える今日、私が奉仕している教会にも、経営者や従業員からさまざまな問題が持ち込まれます。
　私（43）は、10年前に教会長になりました。そのころ、ある年長の方から、「あなたも一国一城の主になったのだから、教会長としてのビジョンを持たなければなりませんよ」と言われたことがありました。
　しかし、教会長としてのビジョンとはどういうことなのか、いまひとつ分からないまま、今日まで来てしまいました。
　昨年、金光教の教師が集って開かれたある会合に参加した時のことです。　この時、29歳の若い先生が講話をされました。その先生は、歴史ある教会の後継者になったばかりでした。
　私は、これからどのような教会にしたいと思っているのかを、尋ねてみようと思いながら、お話に耳を傾けました。

　その先生は、教会後継の話を打診され、返事に迷っていた時の心の動きに言及しながら、決心へと導いた動機について語られました。それは、先生が金光教学院（金光教の教師育成機関）に在籍中、カリキュラムの一環として行われた教会実習でお世話になった大分県日田教会で、前教会長から聞かせてもらった、次のような話だったそうです。
　日田教会の初代は、金光教本部の専掌（教務執行役員）のお一人から金光教学院の学院長への就任を依頼された時、「私のような者には、そのようなご用は務まりません」と、いったんは断ったのだそうです。ところがその時、その専掌の先生から、「では、あなたは日田教会の教会長のご用が務まっていると思っておられるのですか」と問われてはっとし、そのご用を受けられた、というお話でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[教会長としてのビジョン]]></content:encoded>
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