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『天地は語る』から

天地は語る

『金光教教典』から400のみ教えを抽出し、現代語訳を施し、「神と人間」「人間の難儀」「信心とおかげ」など、事項別に編集しました。持ち運びできる新書版サイズです。
教祖金光大神様の信心を理解する書として、また、信心生活を勧める糧として広く活用され、さらには、『金光教教典』に接する機会になればと願っています。

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66  金光大神が、「死ぬことはどういうものでありましょうか」と神におたずねしたところ、「死ぬのは寝入(ねい)っているのと同様である。死ぬことをいとうな」と仰せられた。
346  世が開けるというけれども、開けるのではない。こわれるのである。そこで、金光大神が世界を助けに出たのである。
86  どのような大きなめぐりがあっても、信心によって取り払(はら)ってもらえる。先祖からのめぐり、祟(たた)りは、神が道のつくようにしてくださる。
84  ご無礼である、お粗末(そまつ)であるというが、商売人がはかりの目盛りをごまかしたり、人の目をくらましたり、農業する人が山や田畑の境目を勝手に動かしたり、水や食べ物を粗末にしたり、自分の勤めをおろそかにしたりするほど無礼はない。人の目をくらまして得をしようとするから、損をしてたおれる。境目を欲張るから、その田畑を放さなければならないようになる。食べ物を粗末にするから食べられないようになる。勤めをなおざりにするから仕事は逃げ、働けないようになる。みな、無礼粗末の心がもとでそうなるのである。
292  食物を粗末(そまつ)にするくらいもったいないことはない。食べられるまでにするのは、容易でない。それなのに食べ物を捨てたり粗末にするのは、神のお恵みと人の骨折りとを粗末にしているのである。
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