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『天地は語る』から

天地は語る

『金光教教典』から400のみ教えを抽出し、現代語訳を施し、「神と人間」「人間の難儀」「信心とおかげ」など、事項別に編集しました。持ち運びできる新書版サイズです。
教祖金光大神様の信心を理解する書として、また、信心生活を勧める糧として広く活用され、さらには、『金光教教典』に接する機会になればと願っています。

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186  「金光様、なにぶん、突然(とつぜん)にお参りをしましたので、何もお礼を持って来ておりませんが、何をお供えすれば神様がお喜びくださるでしょうか」とお伺いすると、「何もお礼を出すことはいらない。自分が受けたおかげを手本にして世の中の人を救ってあげれば、お礼になる」と仰せになった。そこで、「私のような学問も何もない者には、それはむずかしいことです」とお答えすると、「学問のある者しか神は使わないというわけではない。学問はなくても真(まこと)の徳をいただけば、さしつかえはない。自分が受けたおかげを手本にしていくのであるから、むずかしいことはない。ご用をさせていただけ」と仰せられた。
368  信心しておかげを受けて、難儀(なんぎ)な人を助ける身にならせてもらうがよい。神の心になって、受けたおかげを人に話して真(まこと)の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神を使うばかりで、神に使われることを知らない。天地金乃神は人を使いとなさる。神に使われることを楽しみに信心せよ。
100  信心は日々の改まりが第一である。毎日、元日の心で暮(く)らし、日が暮れたら大晦日(おおみそか)と思い、夜が明けたら元日と思って、日々うれしく暮らせば家庭に不和はない。
49  人が人を助けるのが人間である。人間は、子供がころんでいるのを見て、すぐに起こしてやり、また水に落ちているのを見て、すぐに引き上げてやることができる。人間は万物の霊長(れいちょう)であるから、自分の思うように働き、人を助けることができるのは、ありがたいことではないか。牛馬その他の動物は、わが子が水に落ちていても引き上げることはできない。人間が見ると、助けてやれる。牛馬や犬猫の痛い時に人間が介抱(かいほう)して助けてやることは、だれでもあろう。人間は病苦災難の時、神や人に助けてもらうのであるから、人の難儀(なんぎ)を助けるのが人間であると心得て信心をせよ。
374  人に悪く言われた時に、信心しているからこらえなければならない、と思ってこらえるくらいではまだいけない。先方の心をどうぞ直してあげてください、と拝んであげるようにならなければいけない。
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