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『天地は語る』から

天地は語る

『金光教教典』から400のみ教えを抽出し、現代語訳を施し、「神と人間」「人間の難儀」「信心とおかげ」など、事項別に編集しました。持ち運びできる新書版サイズです。
教祖金光大神様の信心を理解する書として、また、信心生活を勧める糧として広く活用され、さらには、『金光教教典』に接する機会になればと願っています。

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152  よく、ちょっと前を通りましたからついでに参らせてもらいましたと言って、上がり口で拝んで帰ろうとする者があるが、ついでに参るからおかげがついでになる。同じように前を通ったのでも、わざわざここまで寄って参らせてもらったという心で、神前へあがって拝礼をしてみよ。神はわざわざのおかげをくださる。
343  縁談(えんだん)には、相性(あいしょう)を調べ見合わせるより、真(まこと)の心を見合わせよ。
97  信心はたやすいものであるが、みな人間からむずかしくする。三年、五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじまりであるから、その日その日のおかげを受けていけば立ち行くことができる。たやすく信心をせよ。
334  痛い所があったら、お神酒(みき)をつける心になればおかげがある。
75  人を殺さないと言っても、心で人を殺すのが重大な罪である。人を鉄砲(てっぽう)でうったり、刀で切ったりしなければ、私は人を殺してはいないと言うが、それは目に見える。目に見えない心で人を殺すことが多い。それが神の心にかなわないことになる。目に見えて殺すのは、お上(かみ)があってそれぞれの仕置きにあうが、心で殺すのは神がおとがめになる。心で殺すとは、病人でも、これは大病でとても助からないなどと言うが、これが心で殺すことになる。人間の心では、助かるか助からないか、わかりはしないであろう。また、あの人は死ねばよいと言ったりもする。それがみな心で殺すのである。そうではなく、どうぞ向こうが改心しますようにと、神に祈念してあげよ。
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