教えにふれる

HOME › 教えにふれる › 典籍検索

『天地は語る』から

天地は語る

『金光教教典』から400のみ教えを抽出し、現代語訳を施し、「神と人間」「人間の難儀」「信心とおかげ」など、事項別に編集しました。持ち運びできる新書版サイズです。
教祖金光大神様の信心を理解する書として、また、信心生活を勧める糧として広く活用され、さらには、『金光教教典』に接する機会になればと願っています。

典籍検索
複数のキーワードを入れる場合は間にスペースを入れてください

ランダム ピックアップ
典籍からランダムに5件表示しています
ランダム ピックアップ
98  何事もくぎづけではない。信心もめいめいにしていなければ長く続かない。
265  堪忍(かんにん)することをよく心得ておれ。堪忍さえ強かったら人と仲違(たが)いをすることはない。「ああ、ふびんなものだ。私はこうしてこらえているが、信心する心のない者は、ああいうことを聞いては青い顔をするであろう。そういう人は、神に願って、直してもらってあげたいものだ」という気になっておれ。
283  農業するには、もみを水につける時、もみをつけさせてくださいと願い、苗代(なわしろ)へまくときは、天地金乃神へ、あなたのお土地にまかせてくださいと願え。また、苗(なえ)の生長と、病気、害虫のお取り払(はら)いを願え。田植えには、苗を三把(ば)ほど神に供えて、今から早稲(わさ)植えをさせてくださいと言って願え。供えた苗をお土地に植えて、根つき、生長を願え。また、害虫、病気のないように、先では豊作をいただかせてくださいと願え。そのほかの作物を植えつけする時も同じように願え。よくよく心得て、天地のお徳をいただくがよい。
55  生きている間も死んだ後も天と地はわが住みかである。生きても死んでも天地のお世話になることを悟(さと)れ。
3  天地金乃神(てんちかねのかみ)は、昔からある神である。途中(とちゅう)からできた神ではない。天地ははやることがない。はやることがなければ終わりもない。天地日月(じつげつ)の心になることが大切である。信心はしなくてもおかげは授けてある。
このページの先頭へ