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<平成28(2016)年の活動報告>

【輔教任命】 ご神願成就の担い手として

 このたびの布教功労者報徳祭並びに金光鑑太郎君25年祭のご祭事のなかで、新任・再任を合わせて347人が輔教に任命された。
 ご祭事のなかで行われた輔教任命では、西川よね子氏(滋賀・篠原)が代表として、辞令と記念品を受け、所願表明を行った。
 祭典終了後、祭場庭上で辞令交付式が行われた。

所願表明
 ただ今は、教主金光様より、私たち347人の者が輔教にお取り立て頂き、厚く御礼申し上げます。
 信心とはかけはなれた私でしたが、息をするのもつらい状況のなか教会長先生のお取次とお祈りを頂き、お話を聞かせてもらううちに、天地の親神様の懐の中に抱かれ、生神金光大神様のお働き、お導きを頂いて、今ここに私があることに気付かせてもらい、大きなおかげを頂きました。
 輔教にお取り立て頂いた今、「喜びを見つけ、喜びに生き、お礼のできる」信心の稽古を続けさせていただき、まだこのお道にご縁のない方に、私が頂いたこの喜びを話し、少しでも、神様のみ思い、願いに応えさせていただけるよう、神様にお喜び頂けるよう努めてまいります。
 ここからのいっそうのお守り、お導きをお願い申し上げ、所願表明といたします。
任命輔教代表 西川 よね子


教会部長挨拶
 ただ今は、布教功労者報徳祭並びに金光鑑太郎君25年祭が麗しくお仕えになり、まことにありがたいことに存じます。
 布教功労者としてまつられているご霊神様方は、それぞれの時代社会にあって、各地に道を開いた方、教会ご用に専念された方など、道を守り、道を貫くためにご苦労くださいました方々であります。ことに、25年の式年をお迎えしました金光鑑太郎君は、「実意を込めてすべてを大切に」「世話になるすべてに礼を言う心」など、分かりやすい言葉でみ教えくださり、さらには、「今日もまたすべてお世話になりますとめざめていひぬわが手合はせて」「くりかへす稽古のなかにおのづから生れ来るなり新しきもの」など、信心生活の指針となるようなお歌を、数多く遺してくださいました。
 この祭典は、そういうお道のためにご尽力くださったご霊神様方へのお礼の祭典であり、皆様方は、その式典の中で、教主金光様から輔教のご任命を頂かれたわけであります。ご霊神様方のお道を思う精神を、共々に頂いてまいりたいと存じます。
 新しく任命を願い出られた方59人、再任を願い出られた方288人、合わせて347人の方々が、ご任命になられました。
 私がこれまで接してきた輔教の方々は、在籍教会のことはもちろんですが、教団のこと、このお道のことを考えてくださっている方が大半であります。このお道のことを願うということは、それだけで、教団活動に参画しているとも言えるわけであります。3768人の教師と、1617人の輔教の方々、併せて約5400人が中心となって、ここからの教団、教会の働きがいっそうありがたい働きになってまいりますよう、取り組みを進めてまいりたいと願っております。ここから先、お道のために、共々にご用にお使い頂きたいと存じますので、ご協力の程よろしくお願いいたします。
 「ご用」ということで、私がいつも思い出しますのが、次のような先師の話であります。
 「『どうぞご用にお使いください』と願わなかった日は一日もないように思わせていただきます。ご用ということは自分のことではないでしょう。自分がすることでも、自分も助かり人も助かるお役に立つ働きがご用です。そして神様も金光様も、そうじゃそうじゃと言うてくださる働きがご用なんでしょう。だからご用一筋にはできておらん。相済まんことじゃとおわび申しております」という話です。
 「果たしてご用がご用になっているかどうか」を自らに問いただしながら、「どうぞご用にお使いください」との祈りをもってご用にお使いいただく。その祈りによって、はじめてご用がご用になっていくのではないか、と思わせていただいております。
 教団では、「神人あいよかけよの生活運動」を推進してきております。その願いは、信心の筋道を示したものとも言われています。
 輔教の皆様方には、まず、御取次を願い、頂きながら、人の助かりを祈ることにによって神心に磨きをかけていただきたいと存じます。そして、「どうぞご用にお使いください」との祈りをもって、人を祈り、助け、導くことに取り組んで欲しいと思います。そういう信心実践があって、はじめて「神人の道」を現すことができるのだと思います。
 どうぞ、ここから新たな願いを持って、そしてお道の仲間同士として、共々に取り組みを進めてまいりたいと存じます。よろしくお願い申し上げます。
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輔教集会(西近畿教区)

 西近畿教区では、8月27日、西近畿教務センターで「神様が喜ばれる信心を求めて」をテーマに輔教集会を開催し、37人が参加した。
 午前中は、班別懇談を行い、昨年に引き続いて「神人あいよかけよの生活運動」の「願い」の4行目を焦点に、「人を祈る」「助ける」「導く」ことについて、それぞれが、この1年の取り組みやここから取り組んでいきたいことについて懇談した。
 午後からは、岡田典明氏(三重・伊勢、関西金光学園評議員・学園宗務課主幹)から講話があった。
 講師は冒頭、「想定外という言葉がよく使われ、『これだ』というものがない、何を信じてよいか分からない『不確定社会』と言われる現代において、教祖様が現されたご信心が、大きな可能性を持っていることを教育現場に携わるなかで強く感じている。しかし、われわれ信心にご縁を頂く者が、不確定であれば伝わらないのであって、あらためて自分の信心をもう一度見直し、神様が喜ばれる信心を世に現させていただきたい」と語った。
 また、師匠である伊勢教会二代教会長との関わりを紹介しながら、「命をつなぐということは、DNAを受け継ぐだけではなく、心や魂もつないでいかなくてはならない。信心はどこからでもつなぐことのできるものであり、毎月の教会誌にも、『命のバトンは信心から』というタイトルで連載している。また、月に2回行っている市民講座では、毎回冒頭に教祖様のみ教えについて話をし、お道にご縁のない方にも、大祭時のリーフレットなどを常にかばんに入れて手渡している。それも輔教のご用の大切な中身だと思う。
 輔教として平成17年からご用を頂いているが、自分がおかげを受けて、『ありがたい』ということだけで終わってしまうのではなく、『人一人助ければ一人の神』というみ教えを実践すること、難儀な氏子を助けるご用に立たせていただくことが、真の信心であり、そのことを一番神様がお喜びくださるのだと信じてこれまでご用にあたっている。
 また、われわれ輔教は、ともすれば『それは間違いだ』とか『それはこういうことだ』と決めつけてしまいがちだが、何事も自分の懐に受け入れること、そして『助かってほしい』という思いをどこまでも大切にしていかないと、信心のバトンは渡せない」と語った。
 さらに、関西金光学園での宗教情操教育の立ち上げから、今日高等学校3校に設置している学校広前での取り組み、本教青年教師の関西福祉大学での授業の様子などを紹介し、最後に「私たちは、どうしても『一人でも多くの人を導かなければ』と肩に力が入ってしまいがちだが、それでは自分も相手も続いていかない。大事なことは、信者になってもらうことよりも、助かっていただきたいと願うことである。共々にこのありがたいお道が何代後にもつながっていくご用にお使いいただきたい」と締めくくった。 
 その後、講話を受けての班別懇談を行い、全体会で質疑応答を行い閉会した。

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平成28年度輔教志願者講習会―「神人の道」実現の担い手に

 本年度の輔教志願者講習会を、8月27日、28日、本部総合庁舎会議室で開催した。
 輔教制度は平成4年に発足し、現在、530教会、1719人が輔教としてご用に当たっている。
 今年は、41教会57人が受講し、各講義をとおして輔教に求められる事柄を学び、先輩輔教の実践発表を拝聴した。班別懇談では参加者同士、これまでの取り組みやここからの願いについて語り合った。
 なお、このたびの修了者は所定の手続きを経て、来る12月の布教功労者報徳祭並びに金光鑑太郎君25年祭時に教主金光様からご任命を受ける。

教務総長挨拶(代理田淵美賀雄教会部長)

 みなさんが輔教を願われた理由はさまざまで、「金光教について理解を深めたい」「教会長を助けたい」「将来、教師にお取立てを頂きたい」などの願いをもって受講されていると思う。
 その裏には、在籍教会長の願いがあり、教主金光様の祈り、そして神様の祈りのなかでのことである。どうぞここからお道のために共々にお役に立たせていただきたい。
 今の輔教制度が始まったのが平成4年である。それまでの輔教との大きな違いは、「教主金光様がご任命になられる」ということ、「輔教は教団に所属し、教会または本部に在籍する」と教規で決められていることである。この二つに関して言えば、教師と一緒だが、輔教になるためには、志願者講習会を受講すること、そして、4年の任期があること。教師はというと、金光教学院で1年間修業し、「終生」道のご用にお使い頂くという違いがある。
 輔教の方が4年ごとの更新の際に受けるのが輔教研修会である。それとは別に、各教区において輔教集会が毎年開催されている。
 私は6月まで、東中国教務センターでご用頂いており、輔教の担当をしたこともあり、所長になってからも毎年輔教集会の班別懇談などには参加していたので、教区内の輔教の方は、大半知っている。そのような方たちの話を聞いていると、在籍教会はもちろんだが、教団、そしてお道のことを考えてくれている。この新しい輔教制度がきちんと根付いていることを感じている。
 このお道のことを願うのは、それだけで教団活動に参画していると言える。約3780人の教師、約1720人の輔教がいる。合わせて約5500人。この方たちが中心となって、これからの教団、教会の働きがいっそうありがたい方向へと進んでいくよう願っている。
 教団では、信仰運動として、「神人あいよかけよの生活運動」を推進している。「願い」は、「御取次を願い 頂き 神のおかげにめざめ お礼と喜びの生活を進め 神心となって 人を祈り 助け 導き 神人の道を現そう」というもので、これは、信心の筋道を示したものである。御取次を願い頂いて、神のおかげにめざめ、そして、お礼と喜びの生活を進めさせていただく。
 そして、輔教を志す皆さんには、ぜひ4行目を目指してほしい。
 「神心となって 人を祈り 助け 導く」、そういう信心実践があって、初めて神人の道を現すことができる。共々に取り組みを進めていきたい。

講義・発表内容

講義1「金光教の信心について」
 講師 吉川真司師(徳島・二軒屋)
   ここから輔教としてご用を担うに当たり、教祖様から始まる本教の信心をあらためて頂き、神様との関係をしっかりと作ることで人の助かりに繋がることを確認した。
講義2「教団の仕組みと働きについて」
 講師 岩本威知朗師(大阪・金岡)
   教団の目的や諸活動、神願成就の拠点である教会の働きを確認し、自分もかけがえのない教団の一員であるとの自覚を深めた。
講義3「輔教の役割について」
 講師 菊川信生師(熊本・江田)
   講義1、講義2を踏まえて、輔教の意義や役割を確認するとともに、「神心」となることを願い、輔教として取り組むべき内容について学んだ。
実践発表
 発表者 西規雄氏(岡山・本部)
   先輩輔教から活動の実際や、神様のお役に立つご用のあり方について学び、力を合わせてご用を進めていく心構えを共有した。
 班別懇談
 参加者それぞれが、これまでの信心の歩みや、志願理由を出し合い、受講した講義を手がかりに、今後、輔教として取り組みたい活動等について話し、決意を新たにした。

本年度の輔教研修会(各会場の報告)

 四年の任期を終えた輔教が、再任を願い出る際に受講が義務付けられている輔教研修会を、本年度は、札幌、東京、大阪、金光(四会場)の計七会場で開催した。当初予定していた熊本会場での開催は、熊本地震の影響により、中止した。
 各会場とも、冒頭に教会部長(地方会場はセンター所長が代理)が、教団動向を説明し、「神人あいよかけよの生活運動」をもとに、再任を願い出るにあたっての構えを作るべく、輔教に願われていることなどを先人の事例を交えながら説明した。
 続いて輔教講師から、「神人の道を開く」と題して、「運動」をもとに、「御取次を頂くとは」「『神心』となるには、どうすればよいのか」「神様のお役に立つ輔教とは」など、本教の大切なところを押さえつつ、講師自身の信心のルーツや取り組みの実際、輔教に願われるご用についての講義がなされた。
 続いての班別懇談①では、「具体的な願い、祈りを切り口にして頂いたおかげの内容を深める」をテーマとして、それぞれが頂いたおかげを振り返りながら、一心に願い、神様におすがりし「神人の道」につながる信心とは何かを求め合った。
 班別懇談②では、「人に伝える信心生活の情報交換」をテーマとして、伝えたい中身やそのために実践していることを出し合った。成功例だけでなく、失敗したことも共有し、互いにここからの輔教活動の原動力となるよう、語り合った。
 引き続いての全体懇談では、講義に対する質疑応答のあと、班の代表者が研修会の感想や、これからの意気込みを発表した。
 受講者からは、「信心継承の問題や信心の課題を共有でき、毎回新たな気付きを得られる」「神様のはたらきを受け止め、応えていけるよう、輔教としての器を広げたい」「懇談のなかで、頂いたおかげを思い返すことができた。御取次を願いながら、今度は人の助かりに繋がるよう、できることを考えて実行していきたい」などの感想が聞かれた。
 本年度の全受講者は168教会289人で、各会場の開催日・会場・講師・受講者数は次のとおりである。

地方会場名開催日会場講師受講者数
金光①会場5月28、29日本部総合庁舎田中有希恵師26人
金光②会場6月5日本部総合庁舎吉川真司師55人
札幌会場6月18、19日金光教北海道教務センター高村志郎師3人
東京会場6月18、19日金光教東京センター豊田照子師24人
大阪会場7月2日金光教玉水教会田中有希恵師119人
金光③会場8月21日本部総合庁舎河井真弓師50人
金光④会場9月8、9日本部総合庁舎岩本威知朗師12人

来年度は、札幌、東京、大阪、金光、熊本で開催する予定であり、対象者には本年末に事前調査を実施する。

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輔教集会(東中国教区)

 東中国教区では、9月3日金光北ウイングで輔教集会を開催し、46人が参加した。
 「輔教による輔教のための輔教集会」を願いとし、企画や司会進行など、輔教を中心に集会を進めている。このたびは、昨年に続いて「『神人あいよかけよの生活運動』への取り組み」をテーマとして、輔教の中から発表者を4人選び、去る6月25日に企画会議を開き、発表内容の概略を確認し、1日の流れを検討した。
 当日は、発表者4人から各15分の発表が行われた。仙石貴宏氏(岡山・総社)は、「ある時、目の前を行く若い女性がてんかんのような症状で倒れ、放っておけずに病院に搬送した。思わず助けたことで、自分の中に神心が現れているのを感じてありがたくなった」と、教会でのご用や日常生活での取り組みを紹介した。
 続いて、後神清香氏(岡山・日比港)が、父の代からの信心を頂くなか、自分の思い通りに行かないことを、思い分けをして受け止めていく稽古と、信心をしていない人の気になる言動も、代わりに神様におわび申し上げ、めぐりを積まないように祈っていることなどを紹介した。
 その後、6班に分かれて発表の感想を中心に班別懇談を行った。
 午後からは、安部信一郎氏(岡山・本部)が、「『大谷の会』の活動をとおして、神のおかげにめざめることができた。願っている事は神様にお任せし、何事も神様のおはからいとして受ける稽古をしている。教祖様の生涯をお手本にご用をさせていただきたい」と語った。
 次に、西武則氏(岡山・成羽)が、会社勤めをしていたころ、作業中に地上10メートルの所から転落して意識不明となったが、幸い足の骨折で済み、金光様のおかげで命を頂いた思いで、その後の人生を「神と二人連れ」とお礼を申しながら、障害者支援に従事してきた体験を紹介した。
 その後の班別懇談では、発表の感想とともに、「輔教の役割や課題」「神人あいよかけよの生活運動に関わって」「周りへの信心の伝え方」などについて積極的に話し合った。
 最後に、各班の代表者から感想発表があり、閉会式の後、金光様のお退けをお見送りして解散した。
 参加者からは、「日頃の疑問点を気付かせていただき、心の中が晴れた」「信心の上で苦戦しているが、みんなが話を聞いてくださり、励ましてくれてありがたかった」「近所で難病を抱えておられる方のことを、これからは祈り願わせていただきたい」といった声が聞かれた。

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輔教集会(東海教区)

 東海教区では、8月21日名古屋港湾会館において、輔教集会を開催し、63人が参加した。
 毎年、輔教の企画員が中心となって、集会内容を企画している。開催テーマを、「道を伝える私にならせてください」と掲げ、お手引きを実践している信徒の講話をもとに、信心継承を願ううえで、お結界にいざない、寄り添うことの大切さについて求め合った。
 和田真直氏(大阪・東堀)は、「手段から目的へ」と題して、はじめに、自身の信心の変化について、次のように語った。
 「ある時、おかげを頂いても、神様にお礼も申していないことに気づいた。信心が、問題を解決するための手段でしかなく、これでは続かないと思った。これから信心をどのように進めれば良いのか考えたが、結局答えは出ず、『毎日ご本部でお取次を頂こう』とだけ決めた。すると、自然と毎日がありがたくなり、神様が引っ張ってくださるような、何も怖いものなどないという自信がついてきた。このあたりから、本部広前への参拝が楽しくなってきた。参らないといけないではなく、参りたくて参っている。この時、信心が手段から目的に変わったのだと感じた」
 続いて、実例を紹介しながら、お手引きの大切さについて、次のように語った。
 「もしお手引きした人が助からなかったら、その人が教会と合わなかったらと、心配が先に立つが、お手引きしてからは先生の仕事、助けるのは神様の仕事と割り切ることがいる。共に信心を進めていく姿勢が大事であり、目の前の困っている人を助ければ、神様、教祖様は喜んでくださると思う。信心ほど面白いものはない」
 その後、中谷博紀氏(静岡・静岡)が「社会でのお手引き」、田中由美氏(愛知・幅下)が「家庭での信心継承」というテーマで、輔教が実践発表を行った。
 班別懇談では、「今日から一年間、困っている人と出会ったら御神米を渡そう。来年、何体渡すことができたか、お互い競い合おう」等とお手引きに積極的な意見が交わされた。

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輔教集会(信越教区)

 信越教区では、7月16日直江津学びの交流館において、「輔教の御用を通して─神心となって 人を祈り 助け 導き」というテーマで、輔教集会を開催し、16人が参加した。
 今年度は、「輔教としての主体的な活動を考え、自覚と働きを相互に求め合う」を開催の願いとしており、あらためて輔教のご用を見つめ直す集会となった。
 開催テーマに基づいて、八木一久教務センター書記から、「良かれと思ってすることが本当に相手のためなのか、実はただの我情我欲の押し付けになっていないか、常に自分のありようを謙虚に見つめながら、神心を忘れないようにすることが大切」という発題があった。その発題をもとに全体懇談が進められ、テーマの中の「神心」について触れる人が多く、「自分の中に神様が感じられるよう求めさせてもらっている」という声や、「神様に喜んでもらおうと思う心が神心につながると感じている」など、それぞれが大切にしていることを出し合いながら活発に懇談した。
 班別懇談では、自身の取り組みや大切にしていることや家庭での信心継承などについて話し合った。参加者からは「普段話をする機会がない輔教の仲間が、立場は違えど同じようにご用の中身を求め、日々の信心を進めていることが実感でき、元気と願いを共有することができた」といった声が聞かれた。
 今回の集会では、それぞれが願いを持って主体的に輔教の役割を担っていくことを、対話を中心とした会合の中ではっきりと確認できた。ここからのご用がより生き生きと展開されることを願う。

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輔教集会(関東教区)

 関東教区では、7月23日東京センターにおいて、「神心となって、人を祈り、助け、導き─『運動』の『願い』の4行目にふれて」をテーマに輔教集会を開催し、35人が参加した。
 発表者の牧野英一氏(東京・伊豆大島)は「台風26号による自然災害でのおかげをとおして」と題し、「結婚して伊豆大島教会とご縁を頂いた。15年位前、家を新築する際、教会の祭典場としてもう少し広い所をと、自宅の一室を祭典場にし、ご用してきた。そういうなか、平成25年の台風26号による土砂災害に見舞われた。暗闇の中、家族を守るために冷静に避難を決断できたことは、ふり返ってみるとおかげだった。一夜明けて自宅を見に行くと、避難の際に開かなかった玄関前に土砂が積もっていた。一方、祭典場には土砂が侵入せず、離れの物置が土砂をせき止めてくれたことが分かり、神様に助けていただいたと感じた。災害には遭わない方がいいが、災害をとおして学ぶこともある。被災後、連日ボランティアの方たちが自宅の片付けを手伝ってくださり、ありがたい日々であった。また家族に心的ストレスがあり、しばらく会話がかみ合わないこともあったが、聴かせてもらおうという気持ちで接し、回復できた。御取次を頂くなかで、私自身が聴く姿勢を教えられてのことだと思う。身近で亡くなった方もいるなかで、助けていただいたいのちを大切にしたい。
 このたびの災害に遭い、あらためて信心の大切さ、おかげを頂いての今日であることを実感した。私は、この信心を娘に伝えたい。その中身は、『信じる、祈る、話す、親切を尽くす』だと思う。現在、娘は都内にある親教会に参拝してくれている。私の後ろ姿から、信心のありがたさを感じてくれたのではないかと思う」と述べた。
 発表後、5班に分かれて班別懇談を行い、発表の感想と、「運動」の「願い」の4行目をテーマに、輔教としての役割や取り組みについて話し合った。参加者からは「人を導くベースにあるのは、祈られ、助けられてきた自分を実感することにあると思う」「神様をいかにつかんで、どのように伝えるかを考えていきたい」という感想があった。
 最後に東京センター所長が「日常の信心生活を営むあり方が信心の後ろ姿だと思う。起きてくることを神様からのメッセージとして受けとめる心持ちを作っていく。その信心の稽古が継承につながり、導く中身になってくる。共々にお役に立たせていただきたい」と挨拶し、閉会した。

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輔教集会(四国教区)

 四国教区では、6月19日四国教務センターと松木坂井自治会館において、「輔教の自覚と働き」をテーマに輔教集会を開催し、46人が参加した。
 3人の教区育成室員の発題をもとにパネルディスカッションや班別懇談を行い、意見交換・情報共有を進めると共に、テーマの中身を深め、輔教としての心構えや大切なところを確認した。
 まず、テーマにつながる具体的な中身として、「お手引き」「継承」「輔教の役割」の3つの項目に分け、3人の教区育成室員が、1項目ずつ発題を行った。発題者は、「信心の醍醐味はお手引きであり、『できる』『できない』ではなく『させていただくこと』、そして、願い続けるなかに『ご時節』を頂くことが大切である」「『教会の顔』『本教の看板』としての輔教の心構えを持ちつつ、常に笑顔でいることが大切ではないか」など、それぞれが具体を交え、分かりやすく発表した。
 続いてのパネルディスカッションでは、パネリストが参加者の質問に答え、発題の内容を補い深める内容となった。
 午後からは班別懇談を行い、「ここから輔教として広くご用を」との願いから、司会は参加者から選定され、補佐として教師が各班に入り、活発に意見を交換した。
 最後に全体会として、年代別の代表二人が、感想と今後の輔教活動に向けての抱負を朗らかに語った。
 参加者からは、「具体的で大変いいお話を聞かせていただき、ありがたかった。お手引き、継承を少しずつでも実行させていただきたい」「お礼と喜びの実践の大切さを感じた。いつも祈って下さるとの自覚を持ち、報恩の生活に励みたい」との声が聞かれた。
 今後、教区育成室と教務センターが一体となって、開催の願いや持ち方を確認し、輔教育成の拡充展開を求めていく。

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輔教集会(西中国教区)

 西中国教区では、2月27日広島市安芸区民文化センターにおいて、「お礼と喜びの心を形に」というテーマのもと輔教集会を開催し、26人が参加した。
 はじめに、教務センター所長が、「『運動』の5年目に入った今年、運動に願われる信心実践を求め合いたい」と挨拶し、久保田貴美子氏(山口・東小郡)、藤原スギ枝氏(広島・御幸)が、お礼と喜びの心で実践していることについて、体験を交えつつ発表した。
 久保田氏は、「幼い頃より、藤井泰雄前教会長にお取次を頂き、いつも『お役に立つ人にならせていただきましょう』と言われた。そのことが一番大事だと思って育ち、教会ご用にお使いいただけることが本当に嬉しかった。学校教員として信心を現したいという願いを持ち、子供たちをかわいい氏子だと思いながら、その場その場で祈って、信心的なことを伝えており、ご教導頂いたことを実践している。そういった願いを神様はきちんと受け止めてくださり、一番いい形でおかげをくださる。神様のされることに無駄事はないと思う今日である」と語った。
 藤原氏は、「書道で右手の親指がばね指になり、『手術しなければ治らない』と医者に言われ、そのことを熊田信道教会長にお取次を頂いた時、『手術をしなくてよいおかげを』と言われた。それは神様のお言葉であるとし、二十日間ご祈念をしながらお神酒を吹いた。すると、手術前検査の前夜、全く曲がらなかった指が少しずつ動きだし、手術をしなくてもよいことになり、あらためてお取次のありがたさ、親先生の強い祈りを実感することができた。身に余るおかげを頂いているお礼として朝参りを続け、家族や関わりある人のご祈念と、教えを聴いて改まる稽古をしている。神様、親先生に喜んでいただけるようなご用をと願っている」と語った。
 班別懇談では、自分を振り返りながら神様のおかげや信心の喜びを深め合い、家庭や地域でお道を伝える取り組みなどを話し合った。
 参加者からは、「神様に心を向けて、神様と共に日々の生活をさせていただきたい」「生活の中で信心に取り組まれ、楽しまれている様子がよく伝わってきて、元気を頂いた」などの感想が寄せられた。

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輔教集会(中近畿教区)

 中近畿教区では、3月5日玉水教会記念館で「教会活動および教団布教の担い手である輔教としての自覚を高める」との願いのもと、輔教集会を開催し、109人が参加した。
 講師の佐藤剛志師(鳥取・根雨)は、「この身この心を神様に向けて」と題して、次のように話した。
 広島教会に生を受けた自分は、たった一人のご信者さんが、誰もいない教会に毎日お参りをされていることを知り、その方のためだけでもいいのでご用をさせていただきたいと根雨教会の後継に入る覚悟を決めた。そこには、「一人の氏子がおれば、その氏子の願い礼場所であるお広前の復興を」とのご神命を受け、原爆投下後の広島で再布教に取り組んだ祖父の影響もあった。
 根雨教会のご用を始めて5年経ったが、良い意味で私の信心が全部打ち砕かれた。特に、どこか軽く見ていた拝み信心への考えが変わった。
 根雨の周辺には「家を買う時や、土地、水周りをいじる時は金光さんに拝んでもらえ」という言い伝えが残っている。その言い伝えによりお引き寄せされた方は、拝んでもらって終わりで、良くてお礼に1回参るくらい。お道の信心の話をしようとすると「それは先生にお任せします」と言われる。そういう参拝者に何とか「日柄方位を見るに及ばず」という教祖のみ教えを分からせようと説教をし、「鬼門などありません」などと言っていた。しかし、金光教では迷信と言われることでも、参る方は真剣に気にかけ、心配して拝んでもらいたいと来られる。その事を今は心底分からせていただき、相手の気持ちに寄り添うことがどれほど大切かを、多くの失敗を繰り返しながら学んだ。
 今、神様、ご霊神様が根雨のお広前に込められた祈りを感じながら、「生きた神様」のおかげをお伝えすべく、家族総がかりでご用にお使いいただいている。
 講話終了後、班別懇談を行い、講話を聞いて感じたことや現在の課題、そして今後の取り組みについて話し合った。
 最後に代表者5人が、自身の信心の取り組みや集会をとおして感じたこと、また班別懇談の内容を発表した。

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輔教集会(東近畿教区)

 東近畿教区では3月6日、京都市ホテルビナリオ嵯峨嵐山で「私の信心実践」をテーマに、相互の信心研さん・輔教のご用の展開を願いとして輔教集会を開催し、63人が参加した。
 まず、「役に立つ、役に立たぬは かみひとへ」と題して、岩崎弥生師(静岡・静岡)から講話があった。前半に、自身が信奉者家庭で生まれ育ち、学生・社会人時代、教会に参拝し御取次を頂くなかで、神様と向き合うことができ、問題を乗り越えられたことを振り返った。その後お道の教師となり、教会ご用をとおして頂いたおかげの事実をわかりやすく話した。後半では、輔教の役割における大切な心がけとして、「神様と自分との関係、つまり縦軸を頂くとはどういうことかを考えると、『信心は親に孝行するも同じこと』『親にかかり子にかかり、あいよかけよで立ち行き』との教えどおりの信心をしていくしかない」と折々に頂いた教えや言葉を紹介した。時には「この道の神様は、まあまあの神様ではありません、本当にすごい神様なんです」と力強く語り、参加者も大きくうなずいた。
 講話後は、10班に分かれて班別懇談を行い、講話についての感想や質問を記入した後、その内容や集会テーマに準じて、それぞれが心がけている信心の取り組みについて話し合った。最後は全体会として、質疑応答の時間が設けられた。
 参加者からは、「先生の生い立ちから実生活の体験に添った話でわかりやすく、とても感激した」などの感想があった。

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輔教へのメッセージ

第1ヒントを大切に
 現在私は南九州教務センターでのご用を頂いております。ある年、職員同士の食事や旅行などに用立てるため、月々一定額を積み立てていたそれまでの積立金が、各自へ返金されることになりました。その話を聞いた時、私の心に浮かんだのが、「これで妻に服を買ってやろう」でした。妻は自分の服を買うことなどめったになく、人から譲り受けたものばかりを着ている一方で、私のスーツやシャツには細かく気を使ってくれます。「これだけあれば、子供の入学式にも着ていけるような服が買えるだろう」とも思いました。
 数日後、積立金を手にしたとたん、私の中に「いや待てよ」という思いが湧いたのです。「これだけあれば、パソコンの部品が買えるな。少し減らして渡そうか」「減らしたらいい服は買えないかな」という思いが交錯しながらも、とうとう半額を渡すことにしました。後ろめたい気持ちがあったのでしょう、「自分も頑張ったんだから。パソコンの性能が上がれば、色んなご用に使える」と勝手な理由を付けて自分を正当化していました。
 減額したことは黙ったまま、「これで服を」とお金が入った封筒を渡しました。妻はとても驚きつつ喜びもしたのですが、「これで信生さんのスラックスを買ったら?」と言うのです。私は心を痛めながらも「俺のはいいから」と答え、その場を終わらせました。
 ところがいつまでたっても服を買いに行く気配がありません。理由を聞くと、どこで買ったらいいか分からないという返事でした。そこで、叔母に相談するようにとアドバイスすると、早速電話をしていました。それでも一向に出かける様子がありません。しびれを切らした私は、とうとう妻を連れて百貨店へ行くことにしました。彼女が買い物をしている間、私は椅子に座って待っていました。ずいぶん時間がたって戻ってくると、「ちょっと見てもらえるかなぁ。いいのがあったんだけど…」と語尾を濁します。一緒に売り場に行くと、公式の場にも着ていけるような感じのいい服でした。
 「これいいね」と言いつつ値札を見ると、渡した金額ではとても足りません。すると彼女は「足りない分は自分で出すから」と言います。私はその言葉と内緒で減額した後ろめたさに、「実は…」とすべてを白状しました。「でも、信生さんも買いたい物があるでしょう」「いいからいいから」という押し問答の末、不足分を財布から出して買って帰りました。
 その夜、一部始終を話すと、父は大笑いしながら、「お前の最初の願いを神様はちゃんと受け取ってくださったんじゃな」と言い、母は「婆ちゃん(初代教会長・菊川みつ)は、『第一ヒントを大切に』って話してたもんね」と笑っていました。
 祖母の言葉の「第一ヒントを大切に」とは、ふと思ったことは神様が思わせてくださったのであり、それを大切にしていけば間違いはないという意味です。「ふと思うは神心、思い返すは人心」という言葉もあります。私の場合、神様が思わせてくださったことを、人心、言い換えれば自分の欲で閉じ込めてしまっていたのです。
 後日、妻がその服を着てある教会へ参拝したときに、叔母が一緒で、「あれね、例の服は?」と私をからかいながら、「よかったねぇ」ととても嬉しそうでした。
 妻だけでなく叔母まで喜んでくれる姿を見ながら、「第一ヒントを大切に」という祖母の言葉が響きました。そしてややもすると我情我欲が先に立ってしまうわが身の危うさを思わされました。
 私たちは困っている人を見ると、「手助けしたい」とふと思うことがあります。そのまま実行できればいいのですが、人目を気にしたり、自分の都合を優先したりすることがあります。教祖様のみ教えに、「広い世間には、鬼のような心を持っている者もないとは言えないが、人間であったら、気の毒な者を見たり難儀な者の話を聞けば、かわいそうになあ、何とかしてあげたらと思うものである。神の心は、このかわいいの一心である」、「寒い日であったが、お参りの途中で気の毒なおじいさんに会い、かわいそうに思って、着ていた物を脱いであげた。それからお参りすると、金光様が、『今日は結構なおかげを受けたなあ。不幸せな者を見て、真(しん)にかわいいという心からわが身を忘れて人を助ける、そのかわいいと思う心が神心である。その神心におかげがいただける。それが信心である』と仰せられた」とあります。
 神様から頂いている人を思う心、「何とかしてあげたら」と思う心を、素直に言葉や行動に現し、人が助かるお役に立たせていただくことが、神様のお喜びにつながると思います。「神人あいよかけよの生活運動」の四行目、「神心となって 人を祈り 助け 導き」を実践することが、輔教を含めた私たち信奉者に求められているのではないでしょうか。

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輔教集会(北海道教区)

 北海道教区では、2月13日北海道教務センターで輔教集会を開催し、7人が参加した。
 本年は、「神人あいよかけよの生活運動」の願いの3行目、「お礼と喜びの生活をすすめ」の具体的な実践として、「祭典における輔教の役割」というテーマで研修を行った。
 はじめに、教務センター所長から「お礼と喜びの生活」となるには、「神のおかげに目覚める」ことが大切であるとの講話があった。
 その後、「お礼と喜び」の心を形で現す祭典の働きや心得について、『祭式教本』や『礼典』をもとに理解を深め、輔教の役割を求め合った。
 さらに、教区青少年育成室が青年信奉者向けに作成した「金光教クイズ」を用いて、祭典の種類、次第、献饌(けんせん)の順番などをクイズ形式で学んだ。また、実際に乾物や鯛(たい)を用いての調饌(ちょうせん)実習も行い、祭典に込められている願いや思いを、体験的に確認することができた。
 参加者からは、実務演習ができて良かったとの感想や、講話だけでなく教会誌作成の研修など実習ができるものを期待するとの意見があった。

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