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<令和3(2021)年の活動報告>

輔教集会報告(四国教区)

 本年度は新型コロナウイルス感染症対策のため、DVDと資料をもとに、それぞれが都合のよい日に自宅や教会で自主研修を行い、延べ37人が参加した。
 当初開催予定だった6月20日に、講師と教務センター職員が四国教務センターに参集し、DVD作成のため、録画を行った。
 はじめに、四国教務センターの塚本道晴所長が「今年の集会では、調饌についての心構えや実践をとおして、見識を深めていただきたいと諸準備を進めてきたが、新型コロナ対策として、それぞれが自主研修する形で開催する運びとなった。講義や輔教の発表から刺激を得て、信心の深まり、新たな気付き、視座、輔教として御用を進める上での心構えなど、再確認していただきたい」とあいさつした。
 続いて、講師の谷口浩志師(高知・窪川)が、ホワイトボードに絵を描きながら、調饌時の心構えとして、「神様への真心を大切に、一に真心、二に安全(お供え物が落ちないように)、三、四がなくて、五に美しさ。お供え物の美しさは真心を込めることにつながる。調饌に限らず、神様に向かえばいろいろな形で神様から答えが返ってくる。それをありがたく受け入れられたら、先で必ずおかげを頂ける」と語った。
 参加者からは、「教会で御用をさせていただく時の参考にしたい」「輔教の皆さんに会えないのは残念だが、臨場感ある講話が、自分の時間に試聴できてよかった」「実習を楽しみにしていたので残念。次回以降、条件が整えばぜひ実習をしたい」といった感想があった。

輔教集会報告(信越教区)

  7月3日、「神様と私」とのテーマで開催され、オンライン会議サービスを利用して、20人(教区外から10人)が参加した。
 集会前半は、講師の今西寿彦師(岐阜・南大垣)から「神先我後)(かみさきわれあと」との講題で、次のような内容の講話があった。
 「『神人あいよかけよの生活運動』の『願い』の1行目にある『御取次を願い 頂き』の空白部分を、私は、神様と出会い、神様のおかげを感じることだと頂いている。また、3行目の『お礼と喜びの生活をすすめ』の『喜び』とは、自分の喜びにとどまらず、神様のお喜びと受け取ることが大切である。そう受け止めるのは、南大垣教会で大切にしてきた『神先我後』という信心による。
 初代(祖父)が布教当初、さまざまな問題に直面し、思い悩んでいた時に、『何事も神様が見守っておられ、先の先まで分かっておられることだ』と、神様のみ思いに気付かせられる出来事があった。そこから、神様の側から物事を捉え、自分は神様から見捨てられたのではないと思い直すことができた。
 その神様のお心を知るということが『神先』である。このことを教会として大切にし、信条を打ち立てることによって、今も次々とおかげを蒙ることができている。
 輔教の方々は、それぞれが願いを立てられたその時から、金光様が皆さん一人ひとりにかけてくださっている願いがある。それを今一度、頂き直していくことが大切だ。お結界で『神様、金光様の願いにかなう御用をさせていただけますように』と御取次を願っていくこと。そして、お結界でのお言葉を、神様のお言葉として素直に頂いて、精いっぱい取り組めば、人が助かる御用に神様が使ってくださると思う」
 講話後は班別に分かれ、講話をとおして感銘を受けたところなどを話し合い、内容の理解を深めた。また、ここまでそれぞれが、輔教としての御用をとおして感じた神様のお働きなどの体験談を語り合い、あらためてお互いに、どれほどの神様の願いがかけられているかを再確認した。
 このたびの集会は、オンラインを利用したことで、普段あまり話す機会のない、他教区の輔教と懇談ができ、参加者は大きな刺激を受けていた。その一方で、「膝を突き合わせて話す時には、すぐに打ち解けて信心の話ができるが、なかなか踏み込んだ話になりにくかった」という声も聞かれ、オンライン開催の課題も感じた集会となった。

輔教集会報告(東海教区)

  8月29日、「『神様の喜び=自分の喜び』にしよう!―ありがた~~く頂く心を忘れない―」とのテーマで、近藤正明師(三重・名張)を講師に迎え、名古屋センターを主会場にオンラインで開催した。(参加者/各教会および個人宅から71人)
 講師は、「『神ってる!』自分になれる道しるべ ~金光教って けっこういいかも~」との講題で、高校の「宗教」の授業を担当してきた経験をもとに、次のように講話した。
 「宗教を伝えることは本当に難しい。世の中には、まだまだ金光教は認知されておらず、得体の知れない新興宗教と思われているのが現状だ。だからこそ、社会的には厳しい眼もあることを自覚し、自分自身が金光教の顔として見られることを常に意識する必要がある。また、『信心』という言葉は一般には伝わらない。何かを伝える時には『金光教を、伝える』のではなく、『金光教で、伝える』ことが大切で、言葉より体で表すことが必要になる。それには、私たちの立ち居振る舞いや働き方、人への接し方など、普段の生活をとおして周囲に金光教を認知してもらわなければならない。時間はかかるが一人ひとりの努力がいつか実を結ぶ。これが教祖様がおっしゃる『家業の業』ではないか。今後の取り組みの上で、自分は金光教を体で表現する人間だという自覚と意識をもって、信仰心を深めていってほしい」
 講話後、参加者から「布教材を作ったり、子どもの友人たちに声を掛けたりする際に、何か若い世代に受け入れやすいみ教えがあれば教えていただきたい」と質問があり、講師は「私が好きな教祖様のみ教えに、長いものや短いものがあるから物をつかむことができるという『五本の指』のみ教えがある。生徒たちにもさまざまな個性があり、それぞれであっていいんだということを伝えられる。また、四代金光様のお歌は、『信心』や『おかげ』という言葉を使わず、金光教の信仰の中身をたくさん伝えておられるので、ぜひ勉強してほしい」と回答した。
 今回は初めてのオンラインでの集会となり、企画時に予定していた班別懇談などは行えず、講話中心の開催となった。一堂に会しての集会とは違った環境により、集会内容の構成や時間配分、輔教相互の交流の機会の確保などについては今後の課題となった。
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