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<平成30(2018)年の活動報告>

輔教集会報告(北海道教区)

 2月17日、ホテル・ノースシティ(札幌市)を会場に輔教集会を開催し、11人が参加した。
 はじめに、教務センター次長から、輔教の役割の確認、教団の基本方針の説明があり、続いて、大代清雄師(札幌東教会長)を講師に、「祭典時のご用について」というテーマで研修を行った。
 輔教は、教会で行われる祭典や集会、社会奉仕活動などのさまざまな活動に対して積極的に関わり、支えていくことが願われており、輔教からも実際の教会活動、御用についての研修を求める声が多く上がっていたため、このたびのテーマが設定された。
 研修では、祭典の次第や作法、神饌物などについて、実技を交えながら、祭典に込められた願いについて学んだ。
 参加者からは「教会では、取次唱詞の先唱や補助賛者などのお役を頂くことが多いので、作法など大変勉強になった」「祭典時の動作やお供え物について、一つ一つに意味があることを知り、あらためて実意丁寧に仕えるということの大切さが分かった」などの感想があった。

輔教集会報告(東近畿教区)

 3月11日、ホテルビナリオ嵯峨嵐山(京都市)を会場に、「人を祈り、助け、導き」とのテーマで、「教区輔教集会2018」を開催し、55人が参加した。
 はじめに、的場聡行師( 放送センター所長/ 大阪・上野芝・副教会長)から、「人を育てる神様と共に」と題して講話があった。
 講師はまず、自身が以前、金光新聞編集室で御用を頂くことになった経緯や、そこでお育てを頂いた内容について触れ、在籍教会に戻ってからの御用をとおして感じたこと、肉親を亡くした悲しみのなかで、お取次によって救われた体験など、わが身をお育てくださる神様のお働きについて話した。
 また、お道の信心を伝えることの重要性について、放送センターでの取り組みや、自身の体験を紹介しつつ、「信心は強引に伝えるのではなく、自然に伝わる在り方が大切だ」と語った。
 その後の班別懇談では、2人1組になり、聞き手、話し手を順番に務めて対話するペア懇談を行った。30分間でペアの相手を替え、互いの信心の歩みや、教会での御用の在り方などを話し合った。
 最後に全体懇談として、参加者からの質問をもとに、講師から講話の内容をさらに深める回答がなされ、その後、閉会行事を行い、集会を終えた。
 参加者からは、「講師のお話を聞いて、こちらが願う前に、神様が助けたいと願ってくださっていることを分からせていただいた」「子どもや孫たちにもお道の信心を伝えられるよう、これからもお取次を頂きながら信心の稽古につとめていきたい」などの感想があった。

輔教集会報告(中近畿教区)

 2月24日、「教会活動および教団布教の担い手である輔教としての自覚を高める」との願いのもと、玉水記念館(大阪市)を会場に輔教集会を開催し、78人が参加した。
 はじめに講師の花本芳明氏(奈良・御所・輔教)から、「信心はご用から」と題して講話があった。
 講師は、「これまで自分や家族が幾度も助けられながらも、信心不足で、なかなか神様のお働きに気付くことができなかった。それでも、御用にお使いいただくなかで、そのお働きに気付かされてきた」と語った。
 さらに、「長い間、教師不在であった御所教会に後継に入られた教会長から、『私や教会を支えようとするのではなく、自分がおかげを受ける信心をしてください。それを人が見ています』とのお取次を頂き、理論や理屈ではなく、御用や仕事、日常生活の中で信心を実践することの大切さを認識した。輔教の役割として願われる『人を助ける』お役に立つためには信心実践しかない。今こそ、輔教が一丸と なり、次世代につながる信心をしていきたい」と締めくくった。
 その後、「輔教は何ができるのか」をテーマに班別懇談を行い、輔教としての自分の役割について話し合った。
 参加者からは、「『信心はご用から』という言葉が心に残った。御用をとおして神様に向かっていきたい」「輔教として何をしていいのか分からないまま年月が経っていたが、今日のお話を聞いて、実践できることを自ら進んでしようと思った」などの声が聞かれた。

輔教集会報告(西中国教区)

 3月4日、広島市安芸区民文化センターにおいて、「道を伝え広げゆくために」というテーマのもと、教区輔教集会を開催し、26人が参加した。
 はじめに、早羽信幸教務センター所長が、「運動に願われる実践内容を学ぶ場として、今回は、神心となって本教の信心を伝えるための話し方、聞き方を研修させていただきたい」とあいさつした。
 続いて、「金光教話し方研究会」の宮野寿師(山口・下関北)、渡正喜師(山口・正明市)を講師に、「役に立つコミュニケーション講座」を行った。
 まず、宮野師が輔教として話し方を学ぶことの必要性を語り、その後、渡師と交代しながら、「暮らしの中によい話を」「まず、聞き手を考える」「三つの表現則」のテーマで講義があった。
 講義の合間には、グループ実習を行い、参加者は「自分の失敗談」「自分の好きな〇〇」という内容で一人ひとり発表し、講師から発表に対してアドバイスを頂いた。
 参加した輔教からは、「話し方、聞き方、心のありように寄り添っていけるように稽古していきたい」「人を大切にするということを大事にしていきたい」「神様にうそをつかない心で、これからも取り組んでいきたい」などの感想があった。

輔教集会報告(関東教区)

 6月16日、金光教センタービル(文京区)において、「御用を通して―輔教として―」をテーマに輔教集会を開催し、38人が参加した。
 まず、寺本公子氏(広島・安芸川尻)が、「神様とつながる信心のけいこ」と題して体験発表した。
 「国際センターの御用では、インターネットの普及から、世界中の方々から金光教についての問い合わせがあり、とても勉強になる。私は神様とつながる縦軸を太くすることを意識し、何事も『神様のお役に立つ氏子にならせてください』というご祈念を頭に付けてお願いしていく中で、生きた働きを体験してきた。金光様のご命を受けての輔教として、ご縁を頂いた人を祈り、神様のありがたさを伝えていきたい」続いて、辻井栄里氏(和歌山・勝浦)が、「幸せ過ぎて勿体ない! 神さまへの恩返しはじめ」と題して、「受動的であった自分が東京学生寮の御用や、東光合唱団での活動をとおして能動的になった。友人とのつながりの中でも、金光教の信仰を隠さずに伝えていきたいと思い、4月からブログを開設した。苦労もあったが今は幸せを感じ、神様への恩返しとして金光教を伝えていきたい」と述べた。
 発表後、6班に分かれて班別懇談を行い、「輔教としての可能性―教団の構成員として―」について話し合った。
 参加者からは、「『神様のお役に立つために』という祈りは神様に通じると思うし、そうあるべきだと思う」「おかげを頂いたことを、自分の経験や言葉でお話しさせていただくことが大切だ」という感想があった。
 最後に東京センターの大木光雄所長が、「東京教会初代の畑德三郎師は、『世の肥やしになれ』とおっしゃった。肥やしになるというのは自分で結果を求めないということである。自らの関わり方から新たな芽が出てくるような働きとならせていただきたい」とあいさつし、閉会した。

輔教集会報告(四国畿教区)

 6月17日、四国教務センター(新居浜市)において、「輔教の自覚と働き」をテーマに輔教集会を開催し、31人が参加した。
 この集会では、教区育成室員である渡邊展雄師(愛媛・久家)の講話と、それを受けての班別懇談を中心に研修を進めた。
 講師は、「この集会には、輔教から教師となったものの、ほどなくしてお国替えされた方の身内が二人おられる。一見すると、教師として御用をされようとした中で亡くなられ、周囲の人間としては、『なぜ?』という思いが生まれてもおかしくないが、そのお二人は、故人の生前の御用姿勢を頂きながら、輔教として自分なりの御用を進めておられる」と話した後、講師自身が慕っていた先輩教師から学んだ、ご祈念の大切さ、神様一筋、神様一番の信心姿勢などを紹介した。
 班別懇談では、お手引きや、教会から足が遠のいている人への働きかけなど、具体的な取り組みと、それを進める中で感じる思いが紹介され、輔教としての自覚と役割を再確認した。
 参加者からは、「御用の頂き方や心構え、さらには、神様、霊様からの働きをしっかり受け、現すことの大切さが確認できた」「ここからの信心と、輔教としての御用を進める上に、新たな視点、元気と喜びを頂くことができた」といった感想があった。


輔教へのメッセージ

「わけ( 理由)」 田中 有希恵(愛知・高蔵)


 「わけ( 理由)」田中 有希恵(愛知・高蔵)
 私が常々思っていることに「わけ(理由)」というものがあります。
 日々の生活の中で起こってくることのわけ。そこに自分が関わることのわけ。さかのぼって言えば、こうして命を頂いたわけ。ここまで生かされてきた間にさまざまなことがあり、今に至っています。
 私は、一信奉者の家に生まれ育ち、こんにち、本教の教師としてお取り立ていただいております。幼少の頃から親に連れられて教会へお参りし、少年少女会をはじめ、吉備舞やピアノなどのお稽古を教会でさせていただき、たくさんの御用にお使いいただきました。そこには、「お役に立つ人にお育ていただきますように」「信心が根付いていきますように」と親から願われている自分がおり、自らも常にお取次を頂いておりました。
 子どもの頃、私たち家族には、毎年のように難儀なことが続きました。父の発病、愛犬の死、父の病死、私を含めた家族の病気、入院、事故……。「信心しているのにどうしてこんなに難儀なことが起こってくるのだろう。何がいけないのだろう。今度は何が起こってくるのだろう」という思いがどんどん出てきました。
 私自身、高校2年生の時に急性気管支炎(肺炎)で2カ月ほど入院しました。それによって、一生懸命練習してきた吹奏楽のコンクールに出場できず、夏休みに計画していた楽しみも奪われました。「どうしてこんな目に遭わなきゃならないの?」と神様を恨んだこともありました。
 そんな時、病院のベッドの上で横になりながら、1日4回、教会のご祈念の時間に合わせてご祈念をすることにしました。また、教会の先生はじめ信奉者の方々、家族のお祈り添えを頂き、み教え、おかげを頂かれたお話を聞かせていただくことで、私のかたくなな心が次第に和らいでいきました。
 ところが、ある晩、寝ようとすると、自分が呼吸をするのをやめて、そのまま死んでしまうのではないか、という不安に襲われました。私は、ひたすら「金光様、金光様」とご祈念しました。その時にふっと私の中に、「生かされて生きる」という言葉が浮かんできたのです。
 「自分で心臓はじめ、いろんな臓器を動かしているわけではない! 自然に動いていること、眠らせていただけることも神様のお働きなのだ! 自分で生きているのではない! 生かされているんだ!自分でできることなど一つもない!」と気付かせていただきました。それからは、病気平癒だけでなく、「神様のお役に立たせてください」と願うようになりました。
 「自分が、自分が」と力んだところで、自分の力だけで何ができるのか。どんな小さなことも神様のお働きの中で、神様に守っていただかかなければ何もできない身であることを思い知ったのです。
 当時の私の周りには、毎年のように難儀なことが起こってきましたが、それらのことをとおして神様のお働きのありがたいことに気付かせていただき、その中で、人の思いの及ばない、ご都合お繰り合わせを頂き、立ち行きのおかげを蒙ってきました。
 神様は、いつも寄り添ってくださり、私たち人間の幸せ、立ち行きを願ってくださっている。こんな難儀な者でも、こうして生かしてくださっている。さまざまな事柄をとおして教えてくださっているのです。
 そんな私が今、教師となり、このように輔教講師として御用を頂いているのです。はじめは、「私のような者がなぜだろう?」と思いました。「いやいやそうじゃない。私に、神様がわざわざ」なのでしょう。「『難儀な中を一つ一つ立ち行くおかげを蒙ってきた、その内容をあらためて頂き直し、現していきなさい。そのようなお役に立たせていただきなさい』と願われているに違いない」と思ったのです。
 これが今、私が御用をさせていただく「わけ」です。神様から私に与えてくださっている、願われている内容だと思っております。
 私は、神様のご機感にかなうよう、至らないなりにもしっかりと取り組ませていただかなければならないと思っております。その神様の願い、思いにきちんと応えられるようお使いいただきたいと願っております。
 輔教の皆さまも、お一人お一人、神様の願いがかけられて「輔教」という御用にお取り立ていただいています。元気な心で御用にお当たりくださいますよう、共々に神様にお使いいただいてまいりましょう。
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