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先人の遺志に適う信心求め

布教功労者報徳祭並びに金光攝胤君四十五年祭

本部広前祭場=12月14日。
 教団の礎を築いたお道の先人たちの功績に御礼を申し上げる、布教功労者報徳祭並びに金光攝胤君四十五年祭が12月14日、本部広前祭場(岡山県浅口市金光町)で仕えられ、約8千人の信奉者が参拝した。【金光新聞】

 今年、新たな布教功労者として51柱の霊神様が奉斎され、合わせて3千904柱となった。

 祭典は午後1時30分から仕えられ、神前拝詞奉唱に続いて、祭主の教主金光様が祭詞を奏上された。祭詞の中で教主金光様は、時代社会の移り変わりの激しい中、信心辛抱のお徳をもって、神も助かり、人も立ち行く道の実現に、一生をささげられた布教功労者に御礼を申し上げた。

 その上で、ご帰幽から四十五年の式年を迎えた金光攝胤君について、「教団の働き更に展開し行くが中に、『何十年つとめましても、油断がなりません。日々がさら(新しい)です』とのみ心もて、明治、大正、昭和と七十年に及ぶ長き年月、ただ一筋に仕へ給へる現身(うつそみ)の神業事竟(ことお)へ給ひしは、昭和三十八年四月十三日といふ日にして、尊きみ跡を偲(しの)び称へ奉るも由々(ゆゆ)し畏し」(抜粋)と、七十年にわたるご神勤の足跡をたどり、遺徳を偲ばれた。

 引き続き、輔教任命の儀が行われた。新任・再任の輔教534人を代表し、本多佑子さん(東京教会)が、教主金光様から任命を受け、「多難な現代社会に生きる者として、実意を第一義と定め、教えをもとにした信心生活から生まれる心をもって役柄に精進してまいることをお誓い申し上げます」(抜粋)と、所願を表明した。

 その後、教務総長があいさつに立ち、「今日は社会のあらゆる面で混迷が深まり、人々の心の中には閉塞(へいそく)感や孤立感が渦巻いている。そのような時代だからこそ、人や物や金に頼らず、『天地の間に氏子おっておかげを知らず』『天地の道つぶれとる』と、人間の難儀を嘆かれた神様の御心をあらためてわが身に頂き、神様の願いにかなう生き方とならせて頂くほかはない。絶えず神様の願いに添った在り方、すなわち『神が助かる』信心生活となるよう、教祖様に神習わせて頂き、神様のご都合の中で生かされて生きるという信心生活を進め、霊神様方のご遺志にかなう人間とならせて頂きたい」と述べた。

金光攝胤君

 金光攝胤君は、明治13年8月5日に金光四神(しじん=宅吉)様の長男としてお生まれになった。明治26年12月20日、四神様が40歳の若さで亡くなり、その時に残された遺言に従って、満13歳で大本社(おおもとやしろ=本部広前)での取次のご用に立たれることになった。

 昭和16年、管長に就任され、同21年には、管長制の廃止に伴っての教主選挙で初代の教主に当選。70年に及ぶ長きにわたって、ひたすら結界に端座され、神と人との間を取り次がれた攝胤君は、昭和38年4月13日、84歳でご帰幽された。赤十字社の活動など、社会の福祉にも貢献され、紺綬褒章を受章された。
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投稿日時:2008/12/26 12:09:18.160 GMT+9



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