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損得勘定を外して

妻がバイクではねられ 後頭部を強打

 私の妻が、二年前にバイクではねられ、後頭部をアスファルトの地面に強打するという交通事故に遭いました。事故の相手は、十六歳の男子高校生でした。救急車で搬送された脳神経外科の病院に、母親と共におわびに来ました。【金光教報-天地】

 話を聞けば、母子家庭で、バイクは借り物のうえ、任意保険には入っていないということでした。その時、頭に血が上っていた私は、「それはそちらの事情でしょう」と、きつい口調で言ってしまいました。

 妻は、頭がい骨の陥没骨折と脳内出血がレントゲンで認められましたが、幸いに出血はすぐに治まっていて、手術まではしなくてもよいという診断でした。それでも、かなり激しい頭痛とめまいに襲われ、三日間は集中治療室に入っていました。

 事故の翌日から相手の高校生が、毎日のように見舞いに来てくれました。はじめての交通事故で、しかも相手にけがをさせてしまい、恐怖から全身の震えが止まらなかったそうです。母親も、必死で働きながら一人息子を育て、やっとここまでこれたという感じでした。賠償のお金の工面をどうしたらいいか、あちこちに相談をし、母親の車の任意保険から補償してもらえるようになったとも聞きました。

 集中治療室に入っている間は、頭痛を抑える薬が妻の体に合わず、非常につらい症状が続きました。ようやく四日目ぐらいに落ち着いてきて、集中治療室からも出ることができ、ごく少量ながら食事も取れるようになりました。事故の記憶は完全になくなっており、なぜ自分が入院しているのか、なぜ激しい頭痛に悩まされているのか、私が説明しなければ分かりませんでした。

 そんな状態でしたので、毎日見舞いに来てくれる相手の高校生に対しては、自分をそんな状態にした相手でありながら悪感情もなく、とても気の毒がりました。相手がどういう子で、母親はどういう人なのか、しきりに私に尋ねるのです。そのころはまだ後遺症のせいか、記憶がすぐ途切れてしまい、昨日聞いたことを今日は忘れてしまうような状態でした。妻から同じことを尋ねられるたび、心配になりながら説明すると、「もう見舞いは結構ですからと言ってほしい」と言うのです。

 「お母さんも勤めがあって大変だろうし、事故に遭ったのは自分の不注意でもあったのだから。また、治療費は私たちにも大変な負担かもしれないけど、相手に支払ってもらわなくてもいいと伝えてください」とまで言いました。そして、自分もつらい状態にありながら、相手のことばかりを気遣い、ベッドの上でその母子の助かりを祈っていました。私は、わが妻ながらすごいなあと思い、その妻の祈る姿に神様を見たような思いになりました。

 それはただ相手を許すというような感情ではなく、相手が困っているのを放っておけないというような思いに突き動かされてという様子でした。そして、相手の負担が少しでも軽くなるようにと一心に願う姿には、まさに神様が立ち働いてくださっているのを感じました。

 その妻の言動で、私自身が一番助けられたように思いました。生命に別状はないと分かってからも、この先どのようになっていくのかと不安だらけだった私は、「ああ、これで神様は決して悪いようにはなさらない。絶対におかげにしてくださる」という確信を持つことができました。そして、いつもお参りしている教会の先生から以前お聞きした、次のようなみ教えが思い浮かんできました。

 寒い日であったが、お参りしておると気の毒なおじいさんに遭うたので、あまりのことに着ていた物を脱いであげた。それからお参りすると、金光様が、「今日は結構なおかげを受けたなあ。不幸せな者を見て、真にかわいいの心から、わが身を忘れて人を助ける、そのかわいいと思う心が神心じゃ。その神心におかげが頂けるのぞ。それが信心ぞ」とおっしゃったが、おかげを受けた者は、ありがたいことを知っておるはずじゃから、神様の心になって不幸せな者を助けてやらねばならぬ。

 目先の損得勘定を外して、神様の心になって人の助かりを祈れるのは、信心させていただいておればこそできるのです。また、神様は、そういう人間の姿を見て、何よりもお喜びくださるのだと思います。神様のおかげを頂けば、どれほどありがたいことになっていくか。信心をさせていただいているお互いだからこそ、末の徳を取るという思いで、人の助かりを祈らせていただきたいと思います。(金光教大阪府連盟巡教講話から)

あいよかけよの生活運動

 私たちは、この道のおかげの自覚から生まれるお礼の心から、教会に参拝し、お取次を頂くことを基本にして、日々の信心生活を進めることを願われています。その信心生活の展開として、「人の助かりをわがこととして願う」実践に取り組んでいくことが、何よりも大切になってきます。このお話は、「自分のことは次にして、人の助かることを先にお願いせよ」とのみ教えに取り組むことで、神様からお喜びいただいた実践例です。

投稿日時:2009/02/03 15:22:29.964 GMT+9



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