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神様が手術して下さる

ご用は無理でも、せめて参拝だけでも

 昭和62年3月初旬、当時31歳だった私は、左目に軽い痛みと視力の低下を感じるようになりました。その後、日を追うごとに症状が悪化していったことから、眼科病院で診察を受けたところ、緑内障と診断されました。【金光新聞】
 眼圧がかなり高くなっているとのことで、「早く手術しなければ失明する」と医師は私に告げ、早速、手術の段取りとなりました。そうして、約1カ月後に手術をすることになりました。
 医師の迅速な対応に、本来なら喜ぶべきところですが、この時の私は、「これは困った。最悪のタイミングだ」という思いでいっぱいでした。
 というのも、手術日の翌日は、親教会の天地金乃神様のご大祭日だったからです。手術直後とあっては、とても参拝は望めず、そればかりか、術後3カ月間は入院が必要だと言われたのです。
 当時私は、後継者がなく閉鎖寸前の教会に入り、再布教に取り組んで7年目でした。この間、借地だった教会の土地を購入させて頂き、次はお広前の新築に向けて動き出していたさなかでもあり、私にとってはここからの布教展開の上で大切な時期でした。また、信心の取り組みとしてご大祭のご用と参拝に力を入れてきただけに、病気で、親教会のご大祭に参拝できないことが無念でなりませんでした。
 手術日が迫る中、私は親教会のご大祭に参拝できないことがいよいよ残念で仕方なく、「ご用は無理でも、せめて参拝だけでも」と願わずにはいられなかったのです。
 そうこうするうちに、ついに手術の当日を迎えました。ところが、前の患者さんの手術が長引き、予定時刻を過ぎても私の手術は一向に始まりませんでした。その待ち時間、検温を受けることになった私の身に、不思議なことが起こりました。さきほどまで平熱だったはずの私の体に、微熱が出てきたのです。このことで、その日の手術は延期となりました。
 この思いがけない展開のおかげで、私は医師から外泊許可をもらって、その翌日の親教会のご大祭に参拝させて頂けたのでした。
 さらに、次の日診察を受けると、私の眼圧は正常値になっていたのです。

最善のタイミング

 この後、私は入院して療養することになりましたが、必要なときに病院から教会へ戻ることを許可され、自分の教会をはじめ、関係教会のご大祭のご用にも大きな支障を来すことなく取り組むことができたのでした。
 そうして1カ月がたったころ、医師は私にこう言いました。「不思議ですね。眼圧が上がってきませんでしたね。これなら手術をせずに退院してもいいでしょう」。
 この時、私は「神様が手術をしてくださったのだ」と、はっきりと実感したのです。
 あれから、22年。私の左目は今も手術を受けることなくおかげを頂いています。あの時私は、当初、「最悪のタイミング」で病気をしたと思いましたが、実は神様は、「最善のタイミング」で病気を差し向けてくださったのです。
 「お礼を言う心が厚いほど信心が厚い。信心が厚いほどおかげが厚い」と、金光教の教祖様のみ教えにありますが、大病を患った時にも必ず神様のお計らいがあり、そんな時こそ、お礼や喜びの一心で神様に向かえば良いという確信が、お祭り日のありがたさとともに、私の心にしっかりと刻み込まれたのでした。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。
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投稿日時:2009/04/17 16:36:44.113 GMT+9



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