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母として強くなります【金光新聞】

息子を返してください!

 「息子を返してください!」
 ある日、教会でご用する私(45)のもとに、強い口調で抗議の電話が入りました。それは、高校2年生の息子の友人、道夫君の母親からでした。
 突然のことに、私は最初事情が飲み込めませんでした。「おたくの息子さんと付き合うようになって、うちの子はとんでもない不良になった」。道夫君の母親の京子さんはそう言いました。道夫君は、確かに毎日のように息子のもとに遊びに来ていましたが、それが不良になることと、どう関係しているのか分かりませんでした。でも、私には京子さんの尋常ではない憤りが、孤独な心の叫びのように感じられたのです。私は京子さんに、会って話し合うことを提案しました。

 はじめは会うことを拒んでいた京子さんでしたが、会うことを了承し、教会へやって来ました。私は、興奮さめやらぬ様子の京子さんの話を、最後まで黙って聞かせてもらおうと思いました。
 京子さんによれば、道夫君は幼いころから、一流大学を目指して、学校から帰宅後は勉強の毎日だったそうです。それが、ご主人の転勤の都合から現在地に引っ越してきて、息子たちと知り合ったことで帰宅が遅くなり、勉強もしなくなったというのです。今、子どもには大学受験が一番大事だと語る京子さんにとって、仲間との時間を優先する道夫君と、彼を誘う息子たちは許せなかったのでしょう。
 ところで、私の住む地域は阪神淡路大震災で大きな被害が出ました。家族や友人を亡くした悲しみを多くの人が経験しているだけに、人の心の苦しみを癒やす何かを、ここの人たちは持っているのかもしれません。偏差値ばかりを追う日々を送ってきた道夫君は、きっと、そんな仲間や地域の雰囲気に安らぎを感じたのでしょう。

こんな楽しそうな声を聞いたのは初めてかも

 ひとしきり話し終えた京子さんに、私は尋ねてみました。「将来のために勉強して良い大学へ入ることは確かに大切なことでしょう。でも、多感な時期に仲間との人間関係が築けなければ、孤独な大人になってしまうかもしれません。それは、道夫君にとって幸せといえるでしょうか」。
 その言葉に、京子さんはしばし黙り込みました。そして、せきを切ったように胸の内を語り出したのです。知人のいない見知らぬ土地で、突然親の言うことを聞かなくなった息子に戸惑いながらも、仕事で多忙な夫には頼ることもできず、この先どうすれば良いのか分からなくなってしまったというのです。
 私は、京子さんを息子の部屋に案内しました。部屋の前まで来ると、中から子どもたちのにぎやかな話し声が聞こえてきました。「道夫のこんな楽しそうな声を聞いたのは初めてかもしれません」。京子さんはぽつりとそう言い、「息子のことをお願いします」と言って、そのまま教会を後にしたのです。

 数日後、京子さんから電話がありました。ご主人を交えて道夫君の将来について家族で話し合い、大学受験も本人の意志を尊重することにしたとのことでした。そして京子さんは、「母親として強くなります」と、明るい声で私に言ってくれました。
 家族が立ち行くには、子や親が個別に助かるだけでは足りません。共に暮らす者が一緒に助からなければ、家族の立ち行きはないのだと、あらためて思わせられたのです。
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投稿日時:2010/05/22 11:16:49.416 GMT+9



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