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秋季霊祭をお迎えして

金光教報 天地 9月号巻頭言

 秋分の日を迎える九月となり、本部広前をはじめ各地の教会で霊祭が仕えられる。
 この夏の初め、夕刻の電車で、ある青年の体験と今なお残る思いを聞いた。彼が学生時代を過ごした寮で、入寮者の転落事故があったという。常と変わらず朝を迎えて、カーテンを開けた窓越しに転落絶命した姿が発見されたことから、特に同室人の精神的負荷は大きく、部屋替えなどもあって寮中が騒然となった。
 青年とは学年の違う故人だったが、容易に忘れ得ず、卒業後に「今日は○○さんのお日柄」と思って、心ばかりの供え物を買って寮を訪ねた。事故の現場に足を運ぶと、花が一輪置いてあって、食堂のおばさんが供えたものと後刻分かったが、青年はあまりに事もなげな現実に出遭って、寂しさと疑問を胸中に残した。事故の年末に催された寮の宴席で、青年の心にいまだいる故人が、皆のところにはすでにいないがごとき空気の違和感も、思い出されるという。
 聞き終えてから、さらに言葉をやりとりするうちに、亡き人と「みたまさま」としての日常の間柄を結べるお互いと、記憶から消し去りたい暗く悲惨な出来事とともに、故人との間柄も途絶えるような日常を生きる人々との、生きる世界の違いの大きさを再認識させられた。
 とても偶然で片付けられない、ちょうどこの時機に、篤い信心をもって最愛の伴侶を送る自身の胸中を真摯(しんし)に見つめた方の思いも、聞かせてもらった。教祖様の「生きても死にても天と地とはわが住みか」とあるみ教えのとおりに、果たして自分は逝った妻を「みたま」として拝めるであろうか、その新たな間柄を結ぶことができるであろうか、寂しさに潰(つぶ)れてしまわないだろうかと案じつつ、葬儀を終えるまでの間の自らの心の動きを見つめられた。その数日を昨日のように思い出しながら、〝ありがたいことに「みたま」として拝むことができました〟〝「みたま」と共に生きていける住みかとして、教祖様のみ教えくださる「天地」の意味を実感させてもらいました〟と、別れの寂しさのなかに込み上げた深い喜びを聞かせてもらったのだ。
 この「共に生き得る」か否かは、生きている者同士の間でも問うてみることが要るようだ。ある人が運転中に、車線変更の合流に手間取っているらしき車に気づいた。さっさと入ればいいのにと疎(うと)ましく思っていると、その車が何と自分の車のまん前に入る結果になり、流れの具合とはいえ、疎ましさが腹立ちにまで達した。しかし、よく見ると知人が運転していることが分かり、途端に腹立ちが消えたという。経験に照らしてみて、知人と分かるまで相手を人とも思っていなかったのではないかと、決して他人事ではなく反省させられる。現実の世界に同時に存在していてさえも、心が通うことを抜きにして、「共に生きる」ことにならないのかもしれない。
 立教神伝を受けられる前年の安政五年七月十三日、盆で先祖の精霊を迎え供養をする日の夕方のこと、教祖様ははじめて口にお知らせを受けられ、口をついて流れ出た言葉をもって先祖のことについてお知らせがあり、それに続いて、「戌(いぬ)の年さん、おまえが来てくれたのでこの家も立ち行くようになった。精霊がお礼を申し上げる」と、先祖からの感謝の言葉が告げられたのである。
 かねがね聞かされ、心にもかけておられたろう多難な家運のことについて知らされるだけでなく、「精霊がお礼を申し上げる」と先祖からの感謝の言葉が告げられたことは、信心によって立ち行くおかげを受けてきた経緯についての喜びにとどまるまい。喜びを共にされる「みたまさま」と、さらに、すべてを見守り続けてくださる神様と、心を通わせながら今を共に生きている、そういう深みと温もりに満ちた「天地」を眼前に開いて見せてくださったとでも言うべき感慨を抱かれたのではなかろうか。
 教祖様が、私たちにもお示しくださり、いざなってくださる天地に、氏子として住まわせていただくうえで、血縁、教縁、さまざまなご縁をもってみたま様と仰ぐ方々と、心を通わせて共に生きるという、具体的生活に根差した実感をもって日々の信心を進め得ることのありがたさを感じつつ、霊祭に思いを寄せるのである。

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投稿日時:2010/09/03 10:00:17.322 GMT+9



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