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夢中で唱えた「金光様」【金光新聞】

「昨夜、車で事故を起こしました」

 それは、昨年の新年早々の出来事でした。谷川光子さん(72)から早朝、「昨夜、車で事故を起こしました」と、教会に電話がかかってきました。
 激しく動揺し、要領を得ない光子さんから何があったのかを聞き出して、私は驚きました。なんと、光子さんの事故の相手とは、私鉄の通勤電車だったのです。
 前日の夕暮れ時、光子さんは薬をもらいに、車を運転して病院へ向かいました。
 その途中にある踏切を渡って左折するつもりが、暗くなりかけていたことも災いしたのでしょう。踏切を渡り切る手前でハンドルを左に切ってしまったことから、光子さんの車は線路に乗り上げ、動けなくなってしまいました。そこに、電車の接近を知らせる警報音が鳴り出したのです。

 光子さんは気が動転し、「こんな事故を起こしてしまい、このまま死ぬしかない」と車を降りず、心の中で「金光様、金光様」と無我夢中で叫んでいたそうです。そして、まさに電車が光子さんの車と衝突する寸前、走り寄ってきた見ず知らずの男性に車から引っ張り出されたのです。その直後、
光子さんの車に電車が突っ込み、車は50メートルほど引きずられて大破しました。
 このことは、帰宅ラッシュ時、多くの乗客を乗せた列車の事故として、新聞などでも大きく報道されました。
 私は、事態の大きさにどう言葉を掛けて良いものか、正直分かりませんでした。しかし、不安に打ち震えている光子さんの声を電話越しに聞きながら、ふと心に浮かんだまま「光子さん大丈夫。ちゃんと大丈夫だから」と言っていたのです。
 光子さんとの電話を切った後、私は一体何が「大丈夫」なのか、なぜそのような言葉を掛けたのか、自分自身でも分かりませんでした。光子さんの今後を考えると、大丈夫どころか心配なことばかりです。しかし、後々の事は神様にお願いしていくほかなく、私は、とにかく光子さんの命が助かったお礼と、乗客の無事、さらには、光子さんの家族がこの難事を受け入れ、乗り越えてくれることを願わずにはいられませんでした。

信心があるから生きていける

 それから数日後のことです。事故の後、夫や親族に会わせる顔がないと、少し離れたところに暮らす娘さんの家に身を寄せていた光子さんが、教会へ参拝して来ました。その表情は、思いのほか元気で明るいものでした。
 光子さんは、「あの時、先生の言葉で気持ちが楽になり、後は神様にお任せしようという気持ちになれました。今日、久しぶりに自宅に戻りましたが、親族はじめ、いつも口うるさい主人が、何も言わず優しく迎えてくれて、とてもありがたいです」と話しました。事故の補償問題についても、大きな事故だったにもかかわらず、乗客に一人のけが人もなく、補償金も車の保険金で賄えることになったと、お届けされました。

 私は、神様にお礼のご祈念をしながら、あの時、私の胸に響いた「大丈夫」という思いは、こういうことだったのかと、ありがたい気持ちになりました。同時に、乗客の無事や補償、その後の立ち行きにおかげを頂いたこともさることながら、一番のおかげは、光子さんの心に、「何があっても神様を信じ切れる。信心があるから生きていける」という強い信仰が得られたことだと、私は強く思わせられたのです。
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投稿日時:2010/09/06 13:26:47.996 GMT+9



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