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「信心の根があればこそ 」

髙島 保(大阪・稗島)

  私が金光教教師にお取り立てを頂く前の話です。
 華やかな仕事がしたい。そんな不純な動機で、私はある広告代理店に入社しました。待っていたのは、毎晩夜中まで働いて朝一番に出社する営業の仕事でした。その苦痛に耐えることができたのは、独立して自分の会社を持ちたいという強い目標があったからです。
 数年後、開業資金1千5百万円を借り入れ、周囲の支援で念願の会社設立を実現することができました。順調なスタートを切り、猪突猛進で営業に回る日々を送る中で、快調に売上げを伸ばし、借入金は開業から1年半で返済することができました。
 この頃の私がどれだけ神様に心が向いていたのかと問われれば、自力で借入金を完済したという傲慢なおごりがあったと言わざるを得ません。父が教会長でしたので、大祭などの手伝いはするものの、果たして神様の御用なのかといえば、単に親の手伝いをしていたに過ぎません。父の後を継いで金光教教師になることは、当時の私には夢にも思わないことでした。
 その後、事業がうまく軌道に乗り、成長過程に入ったと思いきや、資金繰りが苦しくなる状況に陥りました。売上代金が回収できなくなり、大口の取引先の支払遅延が発生したのです。支払先への信用喪失は避けたいのですが、この苦しい状況を招いたのは資金繰りの問題ではなく、まさに経営課題への対策が遅れたことによる失敗です。いよいよ行き詰まった私は、実家である教会に行きました。

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投稿日時:2019/02/21 09:00:00.000 GMT+



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