title.jpg

HOME › 実感と感動が原動力に

実感と感動が原動力に

玉置 衛(北海道・十勝)

 私が在籍する十勝教会は、間もなく設立100年を迎えます。布教100年ではなく、あえて「設立」としているのは、十勝教会が教師の布教によって開かれた教会ではないからです。
 大正時代の初め、当時はまだ十勝地方に金光教の教会はなく、信奉者は札幌、釧路など、遠く離れた街の教会へ参拝せねばなりませんでした。そこで、今の十勝教会がある池田町とその近隣の信奉者たちが願いを立て、自分たちで教会を設立することにしたのです。
 十勝教会の初代教会長・玉置藤太先生もその中の一人であり、当時は総代として皆をとりまとめる立場にありましたが、教会設立の機運が高まる中、皆の願いを受け、金光教教師になられたのです。一信奉者であった初代が講義講究所(現在の金光教学院)へ入ることができたのは、三代金光様と函館教会初代教会長・矢代幸次郎先生のご高配があってのことでした。
 初代の信心のルーツは、ある女性信奉者のお手引きに始まります。初代は奈良県十津川村の出身で、青年の頃、明治の大水害により、一族で北海道の新十津川へ移住します。その後、自らは一念発起して、家族や有志を率いて十勝へ開拓入植しましたが、元々教員や役場職員などの事務職しかしてこなかった初代に開墾事業は厳しく、冷害にも見舞われ、結局、断念せざるを得なくなりました。そして、池田町に教員の職を得、この町に落ち着くことになったのです。
 給料取りにはなりましたが、開拓の失敗で抱えた莫大な借金があり、一家の暮らしは楽ではなかったようです。しかも時を同じくして、家族が、そして自らも次々と病難に見舞われ、周囲の人から「あの家は病気の問屋だ」と言われるような状況でした。医療費もばかにならず、そのため、より給料の高い職場へ転職までしましたが、暮らしは一向に楽にはなりませんでした。

続きはこちら → 「神人あいよかけよの生活運動」ページ

投稿日時:2019/08/09 09:00:00.000 GMT+



このページの先頭へ