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「お礼の心は神様につながる」

上手 正弘 先生(京都・東九条)

 「先生、ちょっと見てください。今、私が着ている服は、全部人から頂いた物なんです」。親教会の直会(なおらい)の席で、Aさんという年配の男性からおもむろに話し掛けられました。
 私は突然のことで、「どういうことですか?」と聞き返すと、Aさんは「私が住んでいる家と、お店が火事に遭いまして、家財道具一式が焼けてしまいました。ですから、今着ている服は、そのような中を助けていただいたものなんです」と答えられました。
 以前、Aさんの隣家が火事に遭い、その火がAさんの家にも燃え移って、数軒にわたって被害が及ぶ大惨事となりました。Aさんは、火事に早く気付かれたことで、家族は無事であったと聞いていました。
 しかし、それは数年前のことでしたので、次第に私の記憶から遠のいてしまい、すぐに服のことと火事とが結び付きませんでした。
 「そうでしたね。あの時は大変でしたね」と言うと、「大変でした。でもね、そんな中でも神様からおかげを頂いてきました」と、笑って話を始められました。
 Aさんは自宅で飲食店を営んでいました。火事の後は商売もできない状態になり、Aさんは教会の先生に、「当分、仕事もできませんし、住む所も探さなくてはなりませんので、お参りすることができません」と電話で話されました。すると先生は、「そんなことを言うてたらあかん。常日頃の信心も大切だけれども、難儀な時にこそ、すぐに参拝に来なさい」と言われました。
 Aさんは「そうだな。こういう時だからこそ、お参りしよう」と思い直され、教会に参拝されました。当初は「なんでこんなことになったのだろうか?」と思っていましたが、教会のお広前でご祈念をしていると、次第に次のようなことが心に浮かんできました。
 「思い返せば、学校を卒業してから、ずっと働きどおしで足腰は痛み、体の節々にも不安を抱えている。火事はつらいことではあるが、『仕事はそのぐらいにして、健康のおかげを頂きなさい』と神様から言われているのかもしれないな」と思えてきました。
 また、近年はお店の辞め時を模索されていたこともあり、「いろんなことを考えたら、これは神様のおかげではないか。もし仕事を続けていたら、体調を崩して、家族に心配を掛けることになっていたかもしれない。家も店も焼けてしまったけれど、何よりも命が無事だったことはありがたいことであった」と思われたのでした。

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投稿日時:2018/04/19 09:00:00.000 GMT+9



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