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「天地につながって」

大代 信治(富山・中伏木)

 私は25年前に結婚しました。今年に入って子どもたちが、「お父さんとお母さんって今年、銀婚式やな。いっぺん温泉でも行ってきたらどう?」と言ってくれまして、その言葉に、驚いたのとうれしいのとで、あらためて、これまでのことを思い返しながら、神様にお礼を申させていただきました。
 妻は一般家庭で育ち、金光教のことはまったく知りませんでした。最初は、私が生まれ、両親が御用をしている教会で一緒に生活をしていましたが、結婚して1年半、長男が6カ月の時に、教師のいなかった中伏木教会で、3人で御用をさせていただくようになりました。
 私は当時から教務センターの御用にもお使いいただいており、ちょこちょこ教会を留守にし、泊まりがけもあり、留守中は妻に教会の御用を任せておりました。妻は金光教のことは何も知りませんでしたから、神様にお願いしながら、また信者さんにもその旨をお伝えしていました。そのような状況に、妻と話し合うことが増え、よく素朴な質問を投げ掛けてくれました。その質問に上っ面だけで答えても、なかなか伝わらず、自分自身が問われることもたくさんありました。
 そういう中でも、私も当時は青年教師でしたから、青年教師会の会合にそれぞれ家族を連れて参加をする、ということもあり、そこから奥さん同士のつながりや、子供同士のつながりも生まれてきました。

 今から11年ほど前のこと、私はもう青年教師会を卒業していましたが、教区の青年教師会主催で、典楽の練習会が開かれました。初心者を対象に、典楽の仲間が増えることを願っておられ、仲良しの方が妻に声を掛けてくださいました。妻は「私は二つの事をいっぺんにできない。お琴をひきながら歌を歌うなんて、しかもお祭りで演奏するなんてとんでもない」と、最初は固辞していましたが、背中を押されて参加すると、仲良しがいたことや、一泊で丁寧に教えていただいたこともあり、とても楽しかったようでした。
 練習会から帰ってきてしばらくすると、今度は典楽のベテランである近隣の教会の奥さま先生が、「せっかく始めたんだから、これから一緒に練習しませんか」と声を掛けてくださり、妻は娘を連れて、そちらの教会に通わせていただくようになりました。
 そうしますと、だんだんお琴が面白くなってきたんでしょう。毎月通うようになり、「お琴が欲しい」と言うまでになりました。ですから、練習用のお琴を購入させていただいて、妻は教会でもお稽古をするようになりました。
 その教会に通わせていただく中で、典楽の心構えや作法など、いろんなことを本当に丁寧に教えてくださったようで、今でも妻がよく言うのが、「最初に『典楽は神様へのお供えです』と言われてびっくりした」ということでした。当時、妻は「ご神前のお供え物がお供えじゃないの?」「ご献費がお供えじゃないの?」と言っていました。けれども、次第に「心を込めるということはこういうことなのか」「神様に向かうというのはこういうことなのか」とお琴の稽古をとおして教えられ、お琴も少しずつできるようになってきました。

続きはこちら → 「神人あいよかけよの生活運動」ページ

投稿日時:2018/07/06 09:00:00.000 GMT+9



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