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【巻頭言】ご時節に任せる

金光教報 3月号 巻頭言

このお道では、物事が成就するに至るまでの神様のお働きやその流れに対して「ご時節に任せる」や「ご時節を頂く」と表現することがあります。「時節」をあえて「ご時節」と言うのは、神様がご配慮くださる時期があるということからかと思われます。

かつて私の祖母が、ある信徒の願い事を三代金光様へお届けに行かせていただいたところ、「ご時節を頂きましょう」とのおことばが下がりました。祖母はその時の金光様のおことばのニュアンスから、事を急がず時節を待った方が良いと感じました。その上で、金光様のおことばそのままにお取次をさせていただきましたが、それを聞いた信徒の方は「そのご時節はいつなのか」と思いつつ、あらためてある方に何気なくその話をすると、「あなたがそのような願いを持たれたのも、ご時節ではないですか」と言われたそうです。その言葉を受けて、事を急ごうと、早速に取り組むことにしましたが、結果としては事を急いだことにより願いが成就しませんでした。

祖母は「時節を待たず苦をすること」とのみ教えのごとく、苦難の道を歩むこととなったその方のことを神様におわびしつつ祈り続け、その時からかなりの年月を経て、ようやく道がついていき、三代金光様のおことばの真意をあらためて分からされたそうです。

誰もが願い事は早く成就するように祈り、神様の「ご時節」と自分が思い描く時節が一緒ならばありがたいとなります。ところが、神様の思おぼし召め しくださる「ご時節」は、もしかすると自分が願った時節よりも、もっと先にあるかもしれません。先ほどの方のように、その「ご時節」を自分に都合の良いように捉えることで、新たな苦労の道を歩まなければならないこともあります。

それでも、信心をさせていただいていると、させられた苦労もまた後になって自らを助け支えていく生きる力に変わっていることにも気付かされます。それは神様が本当の助かり立ち行きを願い続けられているからこそであり、苦労や難儀も、本当のおかげへと道がついていくみ働きの中でのことだと頂きます。

思えば、世の中のことは自分の思い通りにならないことが常であります。それでも、神様が思し召しくださる「ご時節に任せる」というありようの先に、人智を超えた真の助かり立ち行きの世界が生まれてくると思うのであります。

総務部長 山本 正三

メディア 文字 金光教報 巻頭言 

投稿日時:2024/04/02 10:43:14.914 GMT+9



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