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神様から必要な分だけ【金光新聞】

思いがけない授乳の悩み

 第1子である長男の出産を終え、病院に入院していた時のことです。
 授乳時間になると、お母さんたちが病室から新生児室にわが子を迎えに行き、授乳室で母乳を与えます。そして、おちちをたっぷり飲んだ赤ちゃんたちは満足して眠りに就き、お母さんと共に授乳室を後にします。
 私も授乳室で他のお母さんと同じようにおっぱいを長男の口に含ませます。長男は必死におちちを飲もうとするのですが、おちちが出てこないので満腹にはならず、しまいには泣きだす始末。全くおちちが出ないのです。出るのは私の涙だけ。そのうちに看護師さんが来て、息子を抱いて哺乳瓶に入った糖水を飲ませるのが恒例行事になってしまいました。
 長男を妊娠した時、流産の恐れがあると診断された私は、病院に入院し、予定日よりも早く出産しました。最初は低体重だったことから保育器に入っていましたが、その後は順調に成長してくれて、無事に新生児室に移ることができました。ほっと一安心していたのですが、それもつかの間、今度はおちちが出ないのです。おちちは、子どもを産んだらおっぱいから自然に出てくるものだと思っていただけに、かなり落ち込みました。

 退院後は、わずかに出るおちちと粉ミルクを飲ませながら、子育てに奮闘していました。もちろん、粉ミルクが駄目だとは思っていなかったのですが、十分なおちちが出ないことに対して、何となく引け目を感じていました。そんなことを教会で話していると、ある女性の信者さんが、「おちちは『必要な分だけ頂かせてください』と神様にお願いすればいいのよ」と、教えてくれたのです。
 何でも神様にお願いしなさいと、両親から聞いて育った私ですが、おちちのことまで神様にお願いするなんて考えたこともなかったので、目からうろこが落ちました。

神様の大きなお働きを頂いて

 その翌年、2人目を妊娠しました。私は、「母子共に健康で安産のおかげを頂き、お役に立つ子を授けてください」という、1人目の妊娠時の願い事に、「この子に要る分だけのおちちを頂かせてください」という願い事も加えました。
 そう願うようになってから、何かしらわくわくした気持ちで妊娠生活を送り、無事に第2子を出産しました。そして、願ってきた通りに必要な時に必要な量のおちちを与えることができたのです。授乳時間に飲ませられない時も、おっぱいが張って痛むことなく、子どもが飲みたい時に飲みたい量が出ました。そして、3人目も同様に、過不足なくおちちを与えることができました。
 母親である私自身、子どもが欲しいおちちの量は分かりませんし、自分の意思でおちちを作ることもできません。それなのに、私のおっぱいから出る量と子どもが飲みたい量がぴったり合うのです。私も子どもも、必要な分だけを神様から頂いているようでした。

 どうしてこのようなことができるのでしょうか。それは、子どもも私も、神様の働きの中で神様とつながっているということなのだと思います。さらに言えば、私たち親子だけのことではなく、人間の助かりと立ち行きを願っておられる神様の大きなお働きを頂いて、全ての人間が生かされて生きているからだと思うのです。
 今や私の背をはるかに越えて、大きく成長してくれた3人の子どもたち。共に神様に生かされて生きる者同士です。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2016年10月16日号掲載)
メディア 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2018/03/28 09:00:00.000 GMT+9



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