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参拝を支えに立ち直り【金光新聞】

変わり果てた生活

 平成26年8月20日未明、前夜から降り始めた雨が一気に勢いを増して降り続くと、山肌が切り崩されるように流出し、土石流となって周辺の住宅を襲いました。広島市北部で起きた土砂災害です。
 和子さん(92)夫婦は、35年前、夫の退職を機にこの地区に自宅を購入しました。それから数年後には夫が亡くなり、和子さんは教会参拝を支えに、長年一人暮らしをしていました。教会から離れた場所でしたが、月例
祭にお参りする時はいつも一番乗りで、庭で心を込めて育てたサカキや花をお供えしていました。
 土砂災害発生当日、真夜中になってもやむことのない激しい雷と豪雨で、和子さんは眠れず、布団を畳んで着替えて、真っ暗な中で「金光様、金光様」と一心に祈り続けていました。しばらくすると、ドンッという鈍い音がした衝撃で体が少し浮いたそうです。

 夜が明ける頃、外を見るといつも見慣れた近くの家はなくなり、土砂と岩ばかり。和子さんの自宅も沢寄りの部分が壊れていました。家族を助けようと現場を訪れた人が、和子さんにも声を掛けてくれ、一緒に避難できました。その道中、幸い遠方に住む娘の幸子さんに無事を知らせることができました。幸子さんはすぐに教会に電話でお届けをし、災害の中でお守り頂いたお礼と無事に避難できるよう、お願いしてくれました。
 翌日、和子さんは駆け付けた幸子さんと共に教会にお礼参りをし、昨夜から今朝までのことをお結界で先生にお届けしました。「まだ、何かのお役に立てということですかねえ」。近隣に住む多くの知人を亡くした和子さんが、自分が生き残った事実を必死に受け止めようとする姿がそこにありました。
 被災して6日後、和子さんは市から提供された住居に入居することができました。以前よりずっと教会に近い場所で、毎日、教会にお参りできることを喜んでいましたが、今まで使い慣れていた生活用品が全て新しい物に変わり、戸惑うことも多々あったそうです。被災当初は、浮かない表情でテレビに映る被災地の様子を見ては、「あの方はどうされたんじゃろうか」と言葉を漏らしてばかりいたそうです。幸子さんは、何も手に付かなくなってしまった和子さんの姿を半月ほど傍らで見守りました。

これまでのご用から

 そんなある日、和子さんは幸子さんのためにそうめんを湯がいたそうです。信心友達と一緒に教会のご用でしていたことを思い出し、ふと「これならできるかもしれない」と思い、自然と体が動いていたのです。それは、被災して以来、和子さんが誰かのために何かをする、初めてのことでした。
 そして、和子さんは、長年ご用をしてきた典楽の稽古を再開しました。幸い自宅で被害を免れたお琴を教会に置かせてもらい、教会のご祈念に参拝しては少しずつ練習を重ねました。そうしてその年の11月、教会の秋季大祭は、和子さんのお琴の音色と歌がお広前に響き渡るありがたい祭典になりました。

 土砂災害から4年、和子さんは毎日、教会にお参りをして、神様に助けて頂いたおかげを一つ一つ確認するようにお礼の心でご祈念をしています。そして、目を閉じれば浮かんでくる犠牲となった近所の方々のみたま様としての立ち行きを願って、今日も静かに手を合わせています。生き残った者の務めとして。


※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。

(「心に届く信心真話」2018年8月12日号掲載)
メディア 金光新聞 信心真話 

投稿日時:2019/08/15 17:00:57.551 GMT+9



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