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神縁による「魂の家族」の再構築を  

渡辺順一(大阪・羽曳野)

 無縁社会と呼ばれる今日の日本は、少子高齢から孤立無縁の多死社会へと突き進んでいます。そこでは、独り暮らし高齢者の貧困と孤独死の問題や、弔いや墓地の在り方など、霊魂の行方をめぐる宗教問題が大きな社会問題となってくることでしょう。
 日本が明治維新以後受け入れた西欧的な近代思想は、大自然や世界の動きすべてを「物」と見る、世俗主義を基調とする考え方でした。また、家や家族についても、キリスト教的な一夫一婦制の核家族による「家庭(ホーム)」が、日本人の家の基本イメージになっていきました。しかし、地域や職場のコミュニティーが脆弱化し、夫婦・親子関係そのものが揺らいで、多くの人々が「ひとりぼっち」感を抱くようになった絆喪失の日本社会にあっては、血縁や核家族の枠を超えた、いのちを支え合う別の家族のカタチが求められていくように思います。
 世界中の人々は皆、共に「神の氏子」として、人類の大きないのちの流れの中で、お互いにつながりながら、たった一つのかけがえのない「私のいのち」を生きています。家族は元々、そのたった一つの「私のいのち」を愛情によって支え、心の成長を育んでくれる、魂の居場所であったはずです。しかし現実には、家が安らぎの場所にならず、家族がお互いに憎しみ合ったり、その血縁の場所が暴力や搾取の温床になっていたりする場合も多いようです。
 ジャーナリストの北村年子氏は、『ホームレス暴行死事件─少年たちはなぜ殺してしまったのか─』(吉田俊一著、新風社、2004年)の解説の中で、中学3年生から不登校になり、3年間の「ひきこもり」を体験してきた少年の、野宿者たちと触れ合うボランティア活動に参加した感想を紹介しています。
 「おじさんたちには、屋根のある家がない。段ボールや毛布一枚だけ。僕には屋根のある大きな家があるけど、安心して眠れる家はない。心が還れる居場所がない。だから毎日、自分の部屋で布団に入る時も、明日、僕は生きてるかなあって思いながら夜を明かしている。おじさんたちも、この寒い空の下で、明日、自分は生きてられるんだろうかっていう不安の中で、長い夜を過ごすんだと思う。だから僕もおじさんたちと同じ、ホームレスなんだと思う」

続きはこちら → 「神人あいよかけよの生活運動」ページ

投稿日時:2020/06/13 09:15:10.205 GMT+9



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