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人ごとには思えなくて【金光新聞】

「健治、やめなさい!」

 私の息子が、わんぱく盛りの3歳だった頃のことです。息子は、水たまりを見つけるたびに、駆け寄って靴のままバシャパシャと水遊びをするのが好きでした。洗濯が大変なので、一度は止めるのですが、遊んでいる時の息子の笑顔には勝てません。
 ある時、息子がいつものように水たまりで遊んでいると、近所に住む健治君がやって来て、一緒に水遊びを始めました。ところが、健治君の母親の景子さんがそれを見つけた途端、「健治、やめなさい!」と大声で叱りつけたのです。

 それ以来、私たち親子のうわさが流れたようで、近所の人たちから避けられていると感じるようになりました。
それから数カ月後、朝、子どもたちが登校した後に、健治君の泣き声が聞こえてくるようになりました。健治君は登校できるものの、校舎に入れずに引き返していたようです。家に帰っても、景子さんが家に入れてくれないので、行き場を失い、泣きながら辺りをぐるぐると歩いていました。
 ある日、思い切って泣いている健治君に理由を聞くと、学校でいじめに遭っていると打ち明けてくれました。私は、胸が締め付けられるような思いになりながら健治君の話を聞いた後、一緒に家まで行き、景子さんに「つらくて帰ってきているのだから、家に入れてあげて」と訴えました。
 しかし、「私はいじめられたことがないから、この情けない現実をうまく受け入れられない。ただ、この子には強く生きてほしいの」と、強い口調で言い返されてしまいました。

両親がそうしてくれたように

 私には、健治君のつらい気持ちが、痛いほど伝わってきていました。それは、私自身、小学生の時に転校をきっかけに、いじめに遭っていたからです。持ち物を隠されたり、待ち伏せされて皆から心無い言葉を浴びせられたりすることもよくありました。
 中学生の時に再び転校し、今度は周りに優しく受け入れてもらえ、楽しい学校生活を送ることができたのですが、振り返ると、あの大変な時期を乗り越えることができたのは、両親が私の気持ちに寄り添いながら、教会の先生と一緒に私の立ち行きを祈ってくれていたからだと思うのです。
 そのことを思うと、どうしても健治君のことを人ごとには思えませんでした。そこで、私の両親がそうしてくれたように、私も祈ろうと心に決めました。すぐに教会に参拝して、教会長のお取次を頂き、健治君とその家族の立ち行きをお願いし、それ以来、毎日ご祈念をしました。

 それから1年ほどたった頃、景子さんが手料理を持ち寄って、わが家で食事会をしようと声を掛けてくれました。景子さん家族と、和やかで楽しい時間を過ごすことができ、「そろそろお開きかな」と思った頃、急に景子さんがこう言いました。
 「健治にも水たまりで思いきり遊ばせればよかった。思えば、あれもこれも駄目と、親の都合で制約ばかりしていたの。これから健治にはのびのびとさせたい。今までいろいろとごめんなさい」
 私は、とても救われた気持ちになるとともに、「きっと健治君も立ち直れる」と確信しました。その通り、健治君はその後、元気に通学できるようになりました。
 私にとって、いじめの体験は本当につらいことでしたが、健治君とその家族のことを一生懸命祈ることができたのをありがたく思っています。
※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

「心に届く信心真話」2020年6月21日号掲載
メディア 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2021/08/14 08:00:20.764 GMT+9



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