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親先祖に感謝なさい【金光新聞】

兄弟そろってみんなを心配させて…

 「英樹さん(54)が救急車で運ばれたから、すぐに来て!」ある日突然、義姉(54)から切羽詰まった声で、私(40)のもとに電話がありました。 「英樹さん」とは、私の実兄のことです。【金光新聞】

 兄は最近、「味覚がなくなって指先がしびれる」と言っていたそうで、その日、一人で病院に出掛けました。その兄から自宅に電話が入り、「医師から緊急に精密検査をしたいので、今から救急車で総合病院へ移送すると言われた」と伝えてきたとのことでした。

 私は慌てて、移送先の病院に向かいました。数時間後、兄夫婦が待合室に出てきました。義姉によれば、「脳出血を起こしていたものの、幸いにも場所がよく、大事には至らなかった」ということでした。私は兄夫婦の安心した顔に、ひとまずほっとしました。

 その数週間後、今度は私に内臓疾患が見つかり、急きょ入院することになりました。そして今度は、兄夫婦が私の見舞いに来てくれました。

 義姉が何げに、「兄弟そろってみんなを心配させて…」と口にした時、兄が突然、「実は、おれを診察してくれた先生から、『親先祖にしっかりと感謝しなさい。そして第二の人生が始まったと思って、これからの生活を送ってください』と言われた」と、話し始めました。兄は医師から、出血の個所が本当にギリギリの所だったと言われていたのです。

 出血の数日前、仕事で重い物を持った瞬間に、頭に電気が走ったような感覚があり、思い返すと、その日から体に異変を感じるようになったのですが、その日はちょうど、父の祥月命日だったのです。後日、そのことに思いが至ると同時に、医師の「親先祖に感謝しなさい」という言葉がよみがえり、父が守ってくれたと感じたのでした。

本当に済まなかったな

 兄は三十年前、結婚を機に家を出ました。当時はよく実家に顔を出し、両親や弟の私を、あれこれ気遣ってくれていました。しかし、仕事や育児に追われるようになってからは足が遠のき、私が結婚すると、いよいよ「家のことはお前に任せた」といって、寄りつくことも少なくなりました。

 次第に両親が年老いていき、介護が必要になってからも、「うちには受験生がいるから、よろしく頼む」と言われ、私は突き放されたような思いに駆られたこともありました。

 しかし兄は、その時の事をずっと悔いていたのでした。親の期待を裏切るようにして親元を離れてしまった手前、だんだん実家に近寄りにくくなってもいました。

 「子どもの笑顔が最高の宝物」と口癖のように言っていた父に、「お父さん、お母さんの笑顔が僕たちの宝物!」と、兄弟で言いながら、その言葉とは裏腹に、最後には親を見放すようなことをしてしまったことが心苦しかったようでした。

 兄は、「こんな親不孝なおれでも、親はみたまながらに今でも心配し、見守ってくれているんだな。本当に済まなかったな」と、しみじみと私にわびてきました。

 私は兄の心の内を知り、涙が出そうなほど、うれしくなりました。そして「今からでも親孝行したらいい。姿は見えなくても、お父さんは見守ってくれている。みんなの笑顔が何よりの親孝行だから、これからの人生をお父さんたちに喜んでもらえるように、みんなで仲良く元気にさせてもらおうよ」と話しました。

 ※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2009/01/08 09:49:13.677 GMT+9



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