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「花神」のような老先生【金光新聞】

「喜び信心」を貫かれた人

 おととし、93歳で亡くなられたある老先生の思い出を紹介したいと思います。その先生は83歳という高齢で金光教の教師育成機関である金光教学院に入学しました。若い人たちに交じって、一年間の修行に取り組み、金光教教師となってから8年間、教会長としてご用に当たられました。

 私はその先生を思い出すたびに、「喜び信心」を貫かれた人だったと、つくづく思うのです。ここでいう「喜び信心」とは、喜びを語り、喜びを聞き、喜びの行いをする信心のことです。それが、先生の生き方の随所に現されていました。

 先生は毎月ご本部(岡山県浅口市金光町)へ参拝しては、教主金光様にお取次を願い、春と秋のご本部大祭には祭員として参列しました。

 また、ご本部に参拝できる喜び、金光様にお会いできる喜びを糧に、教会での日々のご用に励まれました。

 さらに、親教会の月例祭には自転車で片道3時間かけて参拝していました。関係教会の先生方が、「先生、事故にでも遭ったら大変ですから、バスか電車で来られてはどうですか」と、身の上を心配して声を掛けても、ご本人は「ご心配、ありがとうございます。けど、ありがとうて、つい自転車に飛び乗って出てしまうんです」と、いつも笑って言われていたそうです。

 近所の人からも、「あの人は会うたびにありがとう、ありがとうと言って、いつも笑顔なんです。最初は少し敬遠していましたが、そのうちに自分の方から声を掛けたり、お世話を焼くようにもなって。何か、会うたびに元気をもらって、こっちも自然と笑顔になるんですよ」と言われるほど、先生は町内の名物おじいちゃんとして注目される存在となっていたのです。

おかげの花を咲かせ続けてくれた人

 そんな先生ですが、80歳代で金光教 の教師を目指し、教会長となって、このお道を伝え広めようと志したその背景には、若いころに多くの苦労をし、人には言えない悩みや挫折を経験してきた人生の歴史があるようです。

 先生は、8年間の教会ご用を経て亡くなりました。ご遺体のお顔は、目を細め口を開けて、まるで笑っているようでした。最後まで笑顔を絶やさず、みたま様となられたに違いありません。

 終祭(お通夜)に来られた方々は、この先生の顔を見た途端に、悲しみの表情が和らぎ、「ありがとうございます」と声を掛けていました。

 ご葬儀の日は、ちょうど先生の93歳の誕生日でした。先生のご用姿勢に感銘を受けていた一人の青年教師は、「お道のご用成就、おめでとうございます」と万歳をしました。

 先生は、火葬場でお骨となってまでも、笑って「ありがとう」と言っているように、私には思えました。

 「ありがとうしか、私はもう言えなくなりました。耳が遠くなって、ありがたいことしか聞こえてきません。親神様、教祖様、金光様のことを思うと、ありがとうて、ありがとうて仕方がありません」という先生の言葉が、今も耳によみがえってきます。

 中国では、花咲かじいさんのことを「花神」というそうですが、この老先生はまさに花神のような人でした。周りの人たちの心に「ありがとう」を振りまいて、「和賀心(わがこころ=喜び和らぐ心)」という、おかげの花を咲かせ続けてくれました。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2009/05/21 18:13:34.422 GMT+9



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