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看護通し信心の姿学ぶ【金光新聞】

当たり前やと思って受け止めさせてもらいなさいや

 今から36年前、私(当時26)は、現在ご用をしている教会に後継者として入らせて頂きました。その際、お世話になった知己の先生から、次のようなはなむけの言葉を頂きました。「これからあなたがご用させてもらいなさる教会は、おばあさん先生がお一人だそうやね。私はこの人(修行生の先生を指して)にはいつも、『私が明日どうなるか、訳の分からないことを言ったり、体が不自由になったりして、世話のかかることになっても、当たり前と思っておきなさいや』と言うている。あなたも行った翌日に、先方の先生がそうなりはっても、こんなはずではなかったと思わずに、当たり前やと思って受け止めさせてもらいなさいや」【金光新聞】

 この言葉が現実となったのは、後継に入って3年目の夏のことでした。

 後継先の女性教会長(当時75)には、胆石症の持病があり、それが突然悪化して緊急入院し、手術を受けることになりました。

 この時、私と妻との間には、初めて授かった生後4カ月の乳飲み子がおり、妻が教会長の付添看護をするわけにはいきませんでした。そこで、私がお世話をさせて頂くことになったのです。

 術後はおなかに管を通して胆汁を出す必要があるため、排便のお世話などを付き添いの者がしなくてはなりませんでした。私は教会長に、「先生、お便所のお世話を、私がさせてもらってよろしいですか。辛抱してくれはりますか」と尋ねると、「うん」とうなずいてくださいました。

 教会長から、事あるごとに「すまんなあ、おおきに」と言われる中で、子どものころのある情景が私の心によみがえってきたのです。それは、祖母の介護に献身的に取り組む実母の姿でした。

母の姿のおかげで

 母はよく、祖母の汚れた下着を洗っていました。「何や、汚いなあ」と私が言うと、「おばあちゃんはなあ、病気でつらいところを辛抱してはるんや。お母ちゃんはそんなことがないから、こうして洗わせてもらえるんや」と言って、鼻歌交じりで洗濯をしていた光景が、思い出されたのです。

 自分では、当たり前のように教会長のお世話をさせて頂けていると思っていましたが、実はその昔、母がそうした姿を見せてくれていたおかげで、こうして抵抗感なくお世話をさせて頂くことができている。そのことに気付かされ、私は思わず、「おかあさん、おおきに」と心の中でつぶやき、手を合わせました。

 教会長は、高齢にもかかわらず、医師も驚くほどの回復を見せ、1カ月半ほどで退院をしました。とりわけ、手術の数日後、胆汁を出す管が知らぬ間に外れていたのを見た医師が、「こんなに簡単に外れることはないのですがね。あなたのお義母さんは理想的な治り方をしています」と言われ、胆汁を自然に出して頂き、その傷口もきれいにふさがるというおかげを頂きました。

 当時を振り返り、もう一つ気付かされたことがあります。それは、あの時、教会長が素直に、私のお世話を受けてくださったことのありがたさです。

 明治生まれの女性が、孫ほど年の離れた男性に、排せつの世話を受けることがどれほどつらいことであったか、そのことをあるがままに受け入れられた教会長の信心の重さを感じずにはいられませんでした。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2009/06/04 17:02:54.321 GMT+9



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