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変人とは直(すぐ)いことぞ【金光新聞】

まだまだ参拝ができる

 大学を卒業し、東京で社会人として働く光行さん(25)は、16年前に亡くなった鶴子ばあちゃんのことをよく思い出します。「鶴子ばあちゃん」こと吉山鶴子さんは、光行さんの大伯母に当たり、84歳で亡くなる最後の4年間、光行さんの実家がある大阪で一緒に暮らしていました。

 鶴子ばあちゃんは、二十代のころに、生死をさまよう大病にかかりましたが、神様への一心の祈りによって、全快のおかげを頂きました。

 それ以来、鶴子ばあちゃんは、命を助けてもらった神様への報恩・感謝の気持ちを込めて、毎月、鉄道の在来線を乗り継いで、大阪から岡山県の西部にある金光教本部まで月参拝を続けていました。

 ところが、晩年、足腰が弱くなり、鉄道を利用しての参拝が困難になってきました。大抵の人なら、参拝をあきらめたり、代わりの参拝を誰かにお願いするのでしょうが、鶴子ばあちゃんは違いました。「家の前からタクシーに乗せてもらえば、まだまだ参拝ができる」と、鶴子ばあちゃんは考え、早速タクシーを借り切って、ご本部への月参拝を始めたのです。



 その当時、まだ小学生だった光行さんは、何度かタクシーに同乗して、一緒にご本部へ参拝しました。車の中で、鶴子ばあちゃんが、満面の笑みを浮かべていたことを、光行さんは、今でもはっきりと覚えています。

 そして、光行さんもまた、タクシーの中でわくわくしていました。なぜなら、鶴子ばあちゃんというスポンサーのおかげで、参拝道中に好きな物が食べ放題だったからです。そんなわけで、光行さんは本部参拝の日が待ち遠しくて仕方なかったのです。

迷いや疑いがなく、神様に一心に向かう人が「直い変人」

 ご本部に到着すると、鶴子ばあちゃんは、2時間ほど本部広前でご祈念をし、金光様にお取次を頂いた後に、再びタクシーに乗って大阪に戻りました。

 そのころ、光行さんは、鶴子ばあちゃんは大金持ちなのだと思っていました。ところが、実際は、年金だけで極めて質素な生活を送り、信心以外のことにはほとんどお金を使っていなかったのです。

 光行さんは、鶴子ばあちゃんから、「ご本部はありがたいところやで」「ご本部に行ったらおかげが頂けるんやで」などと言われたことは、一度もありませんでしたが、いつの間にか「ご本部は、どんなにお金をかけても、参拝する価値のある場所」ということが、深く心に刻み込まれていたのでした。

 鶴子ばあちゃんは、自身の姿をもって、信心の大切さを、光行さんに伝え、亡くなる直前まで月参拝を続けました。最後の月参拝となった日から2カ月後、苦しむことなく静かに息を引き取りました。

 教祖様のみ教えに、「変人になれ。変人にならぬと信心はできぬ。変人というは、直い(=真っすぐな)ことぞ」とあります。鶴子ばあちゃんのように、迷いや疑いがなく、神様に一心に向かう人が「直い変人」なのだと、光行さんは思っています。

 そして、幼いころに、神様に向かう鶴子ばあちゃんの真っすぐな姿勢に触れたことが、自身の信仰の土台になっているのだと感じています。

 鶴子ばあちゃんの信心する姿が心に残ったように、光行さんも、「直い変人」を目指して、一心に神様に心を向けられるようになりたいと願っています。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。

メディア 文字 信心真話 よい話 金光新聞 

投稿日時:2009/10/23 15:54:32.282 GMT+9



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