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幸せは心の在り方次第【金光新聞】

出勤途中の心臓発作

 今から18年前のある朝、良子さん(59)の生活を一変させる出来事が起こりました。銀行の支店長だったご主人が、出勤途中に心臓発作を起こして倒れたのです。
 当時、45歳の働き盛りだったご主人は、バブル景気のただ中だったこともあり、休日も返上して、夜遅くまで働き続けました。そうした無理がたたったのでしょう。過労からの発作でした。
 すぐに病院に搬送されて一命は取り留めたものの、脳に大きなダメージを受け、重い障害が残ったのです。意識はあるものの、動くことや、話すこと、食べたり飲んだりすることも、自分ではできない状態になりました。かなりの間、病院で治療を続けましたが、回復は見込めず、自宅療養となりました。
 主人は、生活のすべてに人の世話を必要とします。のどを切開して流動食を入れ、一定時間ごとに体の向きを変えることから、たんの吸引、排せつや入浴まで、そのすべてを良子さんが行います。その上、まだ中学生と小学生だった三人の子どもにも手がかかりました。同居しているご主人の両親にとっては、自慢の息子だっただけに、その不運を嘆く姿を見る日々には、つらいものがあったと思います。
 「『大変だろうね。つらいでしょう。頑張ってくださいね』って、周りの方々が私を気遣って言ってくださいます。でも、今はいつでも主人と一緒にいられます。だから皆さんが心配されるほど、自分が不幸だとか、大変だとは思っていないんですよ」。そう言う良子さんの言葉の奥には、難儀に沈まない、しんの強さがありました。

主人がいるから

 良子さんは金光教の信心三代目です。ご主人が発作で倒れて以来、教会に電話で取次を頂く機会が増えました。介護で家を空けにくい良子さんは、電話でご主人をはじめ、子どもたちや家族など、生活のあらゆることをお取次願うようになりました。それは、良子さんなりの、神様に心を向け神様をつえにした生活の実践といえるものでした。
 そうした日々を重ねながら、5年ほど前にはついに、ご主人と一緒に教会へ参拝できたのです。このころには、ご主人は介護施設でのデイサービスを受けられるようになっていて、施設が用意した移動車(車いすごと乗れる車)で施設へ行く途中、無理を頼んで教会に寄ってもらい、参拝がかなったのでした。
 ご主人は、ふっくらして顔色も良く、命が細胞の隅々まで行き渡っているようで、良子さんのご主人に対する愛情の深さと、行き届いた介護がうかがえました。もちろん、ご主人は話すことも、表情を変えることもできません。でも、その姿は、「自分は元気です。幸せです。いつも妻を支えて頂き、ありがとうございます」と語っているように見えました。ご主人も、良子さんも、そして神様もお喜びになったに違いない参拝でした。
 今も良子さんの介護生活は変わらず続いています。最近では、ご主人の両親の介護まで抱えていますが、その中で良子さんは言います。「信心があるから、主人がいるから、私は生きていけます。主人といつまでも一緒にこうしていたい」。
 私たちは、幸せか不幸せかを、その状態で判断しがちです。しかし、それを決めるのは、人の心なのだと、良子さんのさわやかな笑顔は教えてくれます。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2010/02/18 16:24:24.933 GMT+9



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