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何事も神にさせて頂く【金光新聞】

教会長としてのビジョン

長引く経済不況で企業倒産が相次ぎ、失業者も増える今日、私が奉仕している教会にも、経営者や従業員からさまざまな問題が持ち込まれます。
 私(43)は、10年前に教会長になりました。そのころ、ある年長の方から、「あなたも一国一城の主になったのだから、教会長としてのビジョンを持たなければなりませんよ」と言われたことがありました。
 しかし、教会長としてのビジョンとはどういうことなのか、いまひとつ分からないまま、今日まで来てしまいました。
 昨年、金光教の教師が集って開かれたある会合に参加した時のことです。 この時、29歳の若い先生が講話をされました。その先生は、歴史ある教会の後継者になったばかりでした。
 私は、これからどのような教会にしたいと思っているのかを、尋ねてみようと思いながら、お話に耳を傾けました。

 その先生は、教会後継の話を打診され、返事に迷っていた時の心の動きに言及しながら、決心へと導いた動機について語られました。それは、先生が金光教学院(金光教の教師育成機関)に在籍中、カリキュラムの一環として行われた教会実習でお世話になった大分県日田教会で、前教会長から聞かせてもらった、次のような話だったそうです。
 日田教会の初代は、金光教本部の専掌(教務執行役員)のお一人から金光教学院の学院長への就任を依頼された時、「私のような者には、そのようなご用は務まりません」と、いったんは断ったのだそうです。ところがその時、その専掌の先生から、「では、あなたは日田教会の教会長のご用が務まっていると思っておられるのですか」と問われてはっとし、そのご用を受けられた、というお話でした。

現代の難儀を救うメッセージ

 その若い先生は、この話を思い出し、「ご用は自分がするのではなく、神様がさせてくださるのだ」と思われたそうです。
 この講話を聞いて、私は目からうろこが落ちた気がしました。そして「どんな教会にしたいか」という質問は愚問だと思いました。
 「すべてのご用は神様がさせてくださる。教会長、教師はその役割に奉仕するのみ」。この若い先生の話を聞いて、私はあらためてそのことを自覚させられたのでした。
 金光教祖のみ教えに、「何事にも、自分でしようとすると無理ができる。神にさせていただく心ですれば、神がさせてくださる」というものがあります。
 翻って、企業では事業が好調な時に増資したり従業員を増やしますが、ひとたび不調になると資金回収が難しくなり、倒産するところも出てきます。その決断は容易ではありませんが、経営者の中には、「自分にはできる」というおごりや過信から危機を招く場合も少なからずあるのではないでしょうか。

 私は日ごろ、ご祈念をさせて頂き、信奉者の皆さんの立ち行きを神様に願っていく中で、ふと心に思うことを神様からのサインと受け止めるようにしています。
 自分がしているという思いや力みを放して、「神も助かり 氏子も立ち行く」在り方になっていくことこそ取次者の使命と心得て、ご用をさせてもらいたい。そして、何事も「神様にさせて頂く」生き方を伝えていくことは、現代の難儀を救うメッセージになると思うのです。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2010/02/26 10:57:51.038 GMT+9



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