title_02.jpg

HOME › 命かけ蒔いた信心の種 【金光新聞】

命かけ蒔いた信心の種 【金光新聞】

「ミカンが食べたい」

 私(48)の奉仕する教会に参拝する山田テルさん(当時84)は、昭和40年ごろに金光教にご縁を頂かれ、これまで自身や家族にさまざまな難儀が起こる中で神様に祈り、その都度、おかげを受けてきました。しかし、家族の人たちはテルさんの信仰に理解は示すものの、参拝することはありませんでした。
 そんなある日、テルさんが末期の膵臓(すいぞう)がんで入院されたことを耳にした私は、教会のご神前に供えてあったミカンを持って、夫である教会長と病院へお見舞いにいきました。 
 病室に入ると、テルさんは酸素吸入器をつけてベッドで休んでいました。数日前に吐血と下血を起こして容体が急変し、食事を取ることもできず、24時間、家族が交代で看護しているとのことで、その日は娘さんが付き添っていました。

 私と教会長に気付いたテルさんは、私たちが差し出した手を力強く握り、「教会に参りたくて参りたくてたまりませんでした。けれど、今日は金光様から私に会いにきてくださった。こんなにありがたいことはありません。家族の者には、教会に必ず参拝するようにと伝えておりますのでよろしくお願いします」と言いました。
 本人はもう食べられないとは思いましたが、「これは、神様にお供えしたミカンです。天地のお恵みで、私たちの命(の源)があります。どうぞ、頂いてくださいね」と言って、持ってきたミカンを娘さんに手渡し、病室を後にしました。
 その後、テルさんに驚くような変化が起きました。私たちがお見舞いにいったその晩、テルさんが、「教会の先生が持ってきてくれたミカンが食べたい」と言ったので、ミカンをむいて手渡すと、「おいしい、おいしい」と言って食べたというのです。
 そして、その日を境にテルさんは食事を頂けるようになり、亡くなるまでの40日間、付き添っていた家族一人ひとりに信心の種まきをするかのように、神様のありがたさを語り伝えたのでした。

おばあちゃんが残してくれたご縁

 テルさんは、心配されていた大出血もなく、神様のもとへ旅立つ3日前まで食事ができ、最後は、眠るように静かに息を引き取りました。
 教祖様は、「死に際にも、なおお願いせよ」と教えておられますが、テルさんは自分に残されたわずかな時間の中で、わが身だけでなく、家族の立ち行きも一心に祈り続けられたのでしょう。テルさんがお下がりのミカンを食べてからの40日間は、テルさんにとって、信心の総仕上げだったのではないかと思います。テルさんの葬儀が終わって間もなく、教会に一通の手紙が届きました。遠方に嫁いだテルさんのお孫さんからでした。

 「持ってきてくださったミカンに、おばあちゃんがどれだけ勇気づけられたことか。そして、おばあちゃんは人生の中で、どんなに金光様に救われていたかを知って、私の心も救われた思いがします」。お孫さんは、テルさんが大切にしていた神様を感じ、何よりも尊いものとして受け止めていたのです。
 手紙の最後には、「私も金光教の教会を訪ねてみようと思っています。せっかく、おばあちゃんが残してくれたご縁なので、それにつながっていきたいと望んでいます」と書かれてありました。 テルさんが命懸けでまいた信心の種が、この先どうぞ芽を出しますようにと、私は日々、神様に祈らせて頂いています。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2011/01/05 15:57:18.325 GMT+9



このページの先頭へ