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夫のがんを宝と頂いて【金光新聞】

何が起こっても、常平静心で生きる

 「自分の信心を継いでくれる人ができて、浮き浮きする」 妻の私(当時37)や家族、信者さんを前にそう言い残し、41歳という若さで夫がこの世を去ったのは、26年前のことでした。
 自分の人生を懸けるつもりで夫のもとへ嫁いだ私にとって、夫ががんにむしばまれ、結婚してわずか9年で今生の別れをしなければならないとは夢にも思っていませんでした。あの時のつらさ悲しみは、とても言葉で言い表せるものではありませんでした。
 夫の亡き後に、私に残されたのは、8歳から2歳までの4人の子どもたちと、闘病生活を送る義母でした。また、夫が心血を注いだ広前のご造営に関わる多額の借入金でした。その上に、教会の信者さん方を助け導くという教会長としてのご用と。とても担い切れるとは思えない現実を前に、私は夫の後を追って死のうとさえ思ったこともありました。

 しかし、私には夫の死や、先行きを嘆き絶望する暇は与えられませんでした。
 家庭や仕事上の悩みをはじめ、命に関わる深刻な問題に至るまで、信者さんたちの身の上に次々と抜き差しならぬ問題が起こってきて、私の座るお結界へ駆け込んでこられたのです。
 つぶれそうな思いの中、私はひたすら夫に倣い、必死に神様へその立ち行きを祈り続けることしかできませんでした。また、教会のご用の合間を縫うように、家事に育児に義母の介護にと取り組み、無我夢中で一日一日を送る日々が続きました。
 私は難事にぶつかるたび、「金光様」と唱えつつ、夫の残した「喜びを見ること、常平静心」という教えを、すがるように唱えました。そうすることで、「悲しみやつらさばかりを見るのではなく、おかげを頂いている喜びを見なければいけない。何が起こっても、常平静心で生きること」と、夫が語り掛けてくれているように感じられ、私の心を支えてくれたのです。

神様からお徳

 信者さんと泣いたり笑ったり、時には激しくぶつかり合ったりと、そんな時間を重ねていく中で、神様は教会の柱となる人々をお育てくださいました。思い返せば、至らぬながらも、本当に生きたご用をさせて頂いた年月だったと、ようやく落ち着いてきた今日、感謝の気持ちを新たにさせて頂けるようになりました。
 そうして気付いてみると、困難な中で育ててきた4人の子どもたちも、それぞれに良き伴侶と子どもを授かり、今では、いろいろな面で私と教会を支えてくれています。

 夫は亡くなる数日前、私に言いました。「おまえは得したな。短い間にたくさんの経験をさせて頂ける。それが、これからのおまえの人生につながっていく。神様からお徳を頂いたんや」。
 その時は、何を言っているのか分かりませんでしたが、私の人生は夫の言葉通りになっています。私の人生に降り掛かった数々の困難。しかし、それらがあったからこそ、非力だった私が教会長というご用を今日まで担わせて頂けているのだと思います。
 この運命は、教会に関わる皆を助けるご用のため、神様が私に用意してくださったものだと思います。
 今では、あれほど私を苦しめた夫のがんを、人生の宝と頂きながら、まだまだお礼の足りないおわびを神様に申し上げています。
メディア 文字 金光新聞 信心真話 

投稿日時:2011/09/16 10:09:49.670 GMT+9



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