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難儀を救った祈りの声 【金光新聞】

強烈な頭痛

 今から30年ほど前のことです。当時、私は金光教の本部があるご霊地(岡山県浅口市金光町)に在住し、本部教庁の職員として、教団行事の実施や事務などに携わっていました。
 ある日、私は突然の腹痛に襲われ、本部施設の近くにある病院で診察を受け、虫垂炎と分かって手術を受けました。
 手術は無事に終わったものの、翌朝から、私は、強烈な頭痛に悩まされました。麻酔の影響ということでしたが、その痛みの激しさは、トイレへ行くにも看護師さんの手を借りるほどでした。
翌日になっても、一向に痛みは治まりませんでした。寝付かれないまま、病院のベットで朝を迎えた時のことです。私の耳に、「生神金光大神様」というご神号を繰り返し唱える祈念の声が、かすかに聞こえてきました。それは、私の病室の窓から、ちょうど数十メートルほど離れた所にある、金光教の教祖様の奥城(おくつき=墓所)で参拝者が勢祈念をする声でした。

 私は痛みの中、その祈念の声に耳を傾けていました。そのうちに、私の呼吸と勢祈念のリズムが解け合うような不思議な感覚を覚え、あれほど激しかった痛みが和らいでいくように感じられたのです。そして、なぜか「私のことをみんなで祈ってくれている」という安心感に包まれるうち、私は、いつの間にか心地よい眠りの中にいました。
 翌朝、頭痛はすっかり治まり、私は、爽快な気分で目覚めました。
 その時、隣のベットで寝ている初老の男性から、「あんた、だいぶんうなされていなさったが、金光教の信者さんかな」と声を掛けられました。
 おそらく、無意識のうちに「金光様」と、何度も口にしていたのでしょう。私はその男性に自己紹介をし、金光教本部の職員であると伝えると、男性は突然、自分の過去を語り始めたのです。

人を思い、人を祈る

 それは、若気の至りから社会の裏街道に身を置き、罪を償った後も、その過去を隠すために、人との関わりを断ち、人目を忍ぶように生きてきた寂しい人生でした。
 しかし、そんな男性の暗い人生に、ある日、光が差し込む出来事が起こりました。
 それは、男性が人目を避けて仕事を転々とする中、大工として金光町を訪れた時のことです。男性が働く建築現場の横を、金光教教師を目指す金光教学院生が毎日、本部広前へ参拝するために通過していきました。
 その際、学院生の一団からは、仕事をしているその男性にあいさつの言葉が掛けられました。しかし、誰にも心を閉ざしてきた男性は、学院生のあいさつに背を向けて無視し続けました。

 ところが、来る日も来る日も、学院生は男性の背中に声を掛け続けたのです。
 そして、ある日、ついに男性は振り返り、あいさつを返したというのです。
 男性は私にそう語り終えると、「あいさつを返した時の、修行生たちの笑顔が、今も忘れられない。金光教の信心はいい。今は時々、本部にお参りしている」と言いました。
 頭痛から私を救った勢祈念の声と、男性の孤独な心を救った学院生たちのあいさつの声。人を思い、人を祈る声は、必ず天地のどこかで響き合い、難儀に苦しむ氏子のもとで神様を現し、人を助ける働きにつながるのだと、その時、心に強く思ったのでした。
メディア 文字 金光新聞 信心真話 

投稿日時:2011/12/17 11:01:22.860 GMT+9



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