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みたま様の祈りの中で 【金光新聞】

神様に守っていただいた

 温厚な人柄の中野清志さん。その一生には苦労も少なくありませんでしたが、神様をつえについて人生を歩んでこられました。
 退職後は、家族旅行を楽しむなど、ゆったりと第二の人生を送っていましたが、4年前の春先、体に異常を覚えるようになりました。検査を受けたところ、がんが見つかり、医師から余命半年と告知を受けました。
 私は、教会長である父と病院へお見舞いに伺いました。清志さんの口元には酸素マスクが当てられ、左腕には点滴がつながっていました。私たちに気付くと、酸素マスク越しに笑顔で「先生、ありがとうございます。家内は今し方、家に帰りまして、何のお構いもできずに済みません。おかげで、少しですが食事も頂いています」と言われました。
 病状がはかばかしくない中で、私たちを気遣う優しさに涙が出ました。父は、持参したご神米(*)を清志さんの額に当てて心中祈念をし、「中野さん、毎日神様にお願いさせて頂いています。神様に入って頂く心でどうぞおかげを受けてください」と声を掛けました。清志さんは終始笑顔で、帰り際には私たちの姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれました。
 次に見舞った時は意識がなく、その後亡くなられました。72歳でした。
 清志さんの自宅で十日祭をお仕えした時、奥さんは「同じ病気だった親戚の者は、嘔吐(おうと)と痛みで苦しみました。主人はひどい痛みも苦しみもなく、少しですが食事も頂けました。金光様のおかげだと思っています」と言われました。娘さんも「頂いたご神米をパジャマのポケットに入れていて、時々触っていましたが、父はそうして神様に守って頂いていたのだと思います」と話され、私はありがたく感じました。

おかげを頂いている私たち

 それから10日後の夜、神様にその日のお礼を申し上げようとお広前の戸を開け、電気をつけようとした時のことです。暗闇に白く丸い光が浮かんでいるのが見えたのです。その光は、私の目の前を右から左へと横切るようにして、すっと消えました。それは一瞬のことでしたが、私は直感的にその光は清志さんではないかと思いました。というのも、その光が浮かんで見えた場所は、生前いつも清志さんが拝んでおられた所だったからです。
 私は清志さんの三十日祭の時に、家族の方にそのことを伝え、生きている私たちだけが参拝しているのではなく、目には見えなくてもみたま様も参拝され、祈ってくださっていると話しました。すると、祭典後に奥さんが、「実は、十日祭が過ぎて私は体調を崩し、兄夫婦も急に具合が悪くなりました。その後、皆良くなりましたが、兄は十日祭に都合がつかず参拝できなかったことが関係しているのではないかと気にしていたようです。でも、先生のお話を聞いて、私たちはおかげを頂いたのだと思いました」と言われました。
 清志さんは、みたま様になられた後も生前と変わらない慈しみの心で私たちのことを祈ってくださっているのでしょう。私は穏やかにほほ笑む清志さんの遺影を見ながら、神様、みたま様に見守られ、その祈りの中に生かされていることをありがたく思いました。

(*)ご神米=神の徳が込められたものとして授けられる洗い米。剣先形に折った白い紙に入れられている





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メディア 文字 金光新聞 信心真話 

投稿日時:2012/04/25 09:32:23.683 GMT+9



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