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見えずとも真心尽くす【金光新聞】

新聞購読の勧誘

 今から10年ほど前、印象に残る出来事がありました。
 夕暮れ時、私の奉仕する教会の玄関で「ごめんください」と、男性の大きな声がしました。出てみると、新聞購読の勧誘に来られた中年の男性が立っていました。
 当時、教会では別の新聞を購読していたので、丁重に断りましたが、男性はなかなか引こうとしません。
 相手も仕事ですから、少々強引なところは仕方ないという思いと、断って申し訳ないという気持ちで対応していました。
 そうして、何度も同じやりとりを繰り返すうち、男性からはそれまでの笑顔が消え、最後は怒ったような態度で、あいさつもせずに帰っていきました。しかも、よほど腹が立ったのか、玄関のサッシ戸を力任せに閉めて出ていったのです。

 私は、その態度に驚きました。その日は勧誘の仕事がうまくいかず、夕方になって疲れも出、いら立っていたのかもしれません。しかし、理由はどうであれ、客に対する態度としてはいかがなものかと、腹立たしい思いになりました。
 私は日頃から、教会に参拝するご信者さんだけでなく、何らかの用件で訪ねて来た方に対しても、帰り際には、事故や、けが災難に遭うことなく、目的地に着きますようにと、後ろ祈念をして見送らせてもらっています。その時も、すぐに思い直し、乱暴に戸を閉めて帰っていったその男性の後ろ姿に向かって、玄関戸越しに道中の安全と仕事のお繰り合わせを祈りました。 

目には見えないところにも真心を

 それから3カ月後。今度は別の新聞の方が勧誘に来ました。スポーツマンタイプの、爽やかな印象の青年でした。
 私は前回同様、気を遣いながら丁寧に断りました。すると青年は、「残念ですが、ご縁があったらまたよろしくお願い致します」と言って、深々と頭を下げ、「ありがとうございました。失礼致します」と、笑顔で玄関を出ていきました。
 私はいつものように、玄関戸越しに青年の道中の無事と仕事のお繰り合わせを祈ろうとした、その時です。
 すりガラスの向こう側で、こちらに向かって姿勢を正し、再び深々と頭を下げる、その青年の姿が見えたのです。
 私の側から青年の姿は見えますが、外からは、中の私の姿は見えません。すぐに立ち去ってもおかしくないのに、こちらの姿が見える、見えないにかかわらず、最後まで礼儀を尽くす青年の真摯(しんし)な姿に、私は感動を覚えました。そして、たとえ仕事がうまくいかない時でも、丁寧に真心を尽くす姿勢は必ず次につながっていくだろうと思いました。

 私たちは、神様から与えられた一生の中で、一体どれくらいの人と出会うのでしょうか。いつ、どこで、誰と出会うのかは、こちらで決めることはできません。出会って、長く続いていくご縁もあれば、一期一会の場合もあります。
 神様は大切なことを教えるために、いろいろな出会いを、私たちに差し向けてくださっているのではないでしょうか。一期一会の精神で全てを大切にする生き方は周りへも幸せをもたらし、どういう形かは分かりませんが、必ず次のご縁につながっていくことでしょう。目には見えないところにも真心を尽くす、日頃から実意丁寧な生き方を心掛ける大切さを、この青年は教えてくれました。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2013/07/17 11:20:33.640 GMT+9



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