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人生「神様の言うとおり」【金光新聞】

「私の人生とコイン占い」

 金光教の教祖様の教えに、「ここ(教祖広前)へ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはない。神の言うことは道に落としてしまい、自分勝手にして、神を恨む者もある。神の一言は千両の金にもかえられない。ありがたく受けて帰れば、船にも車にも積めないほどの神徳がいただける。心の内を改めることが第一である」というものがあります。
 人間はどうしても、「千両の金」に心を奪われます。目に見えないおかげよりも、目先の損得に心が向いてしまいますが、それが難儀を生むもとともなるのです。
 私はかつて、大阪の金光教関係の高等学校に奉職していました。その時のことです。
 高校3年のクラスで、授業の一環として3分間スピーチをしていた時、ある男子生徒が「私の人生とコイン占い」というテーマで、次のような話をしました。

 「僕は中学校のころ、映画館で西部劇を見ました。その映画の中で、馬に乗ったカウボーイが、分かれ道に差し掛かった時に、コインを空に投げてその裏表でどちらの道に行くかを選ぶシーンがありました。その姿がすごく格好良かったんです。
 僕は、高校を選ぶ時、公立高校へ行くか私立高校へ行くかをコインの裏表で占うことにしたんです。そうしたら私学と出たので、この高校へ来ました。高校生活を振り返ってみれば楽しく、充実した3年間で、良かったと思っています。今、再び卒業後の進路を決める時期が来て、大学進学か専門学校へ行くかをコインで決めようと思っています…」
 この生徒のスピーチを、他のクラスメートは、半ばあきれたような様子で聞いていました。
 実際に、彼がコインで進路を決めたかどうかは知りませんが、見事彼は大学に合格し、その後、学生生活をエンジョイしました。

「神様の言うとおり」

 この話を読まれて皆さんはどう思われたでしょうか。人生の大事な選択を、コインで決めるなんて、と思われた方もいるでしょう。
 でも、よくよく考えてみると、私たちも意外にそれとよく似たことをしているのかもしれません。
 仕事や家庭生活の中で、AかBかの選択を迫られることが、誰にでも一度や二度はあるでしょう。そして、その場面で自ら判断したことが、必ずしもいい結果を生むとは限らないことも経験していることと思います。いっそのこと、子どものように、「どちらにしようかな、かみさまの、いうとおり」と、まじないのようにつぶやいて、天に任せる気で決めた方がいい場合もあるかもしれません。

 ところで、金光教の信心にご縁を頂いている私たちは、コイン占いの神様とは違いますが、「神様の言うとおり」に日々の生活を進めているでしょうか。
 教会へお参りすれば、お結界でのお取次を通して、目先の損得勘定を超えた神様の働きを、教祖様の教えを頂きながら分からせて頂くことができます。しかし、実際の生活では案外、損得勘定や我欲で物事を判断していることが多いのではないでしょうか。
 人生には、さまざまな不安や誘惑がありますが、それを目先の損得や人間心ではなく、「神様の言うとおり」にしていくためにも、日々の信心の稽古が大事なのだと、あらためて思います。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2013/08/31 15:39:29.733 GMT+9



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