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教祖百三十年、金光攝胤君五十年のお年柄を振り返って

教祖百三十年、金光攝胤君五十年のお年柄を振り返って

 去る十月三日から十三日にかけて、四回にわたり教主金光様ご祭主のもと、教祖百三十年生神金光大神大祭が盛大に仕えられ、お年柄の本年も、はや十二月となった。八日には、布教功労者報徳祭並びに金光攝胤君五十年祭をお迎えする。
 一人の人間としてお生まれになった教祖様は、さまざまな苦難に出遭われながらも、実意丁寧神信心を進められ、後に「天地の間に住む人間は皆神の氏子」と仰せられる神様に出会われ、「神の氏子」として生きていくことに実意を込めていかれ、親神様との間柄を深められて、「生神金光大神」となられた。
 生神金光大神大祭は、教祖様の年祭として仕えられた当初の祭典が、やがて教祖様のご信心のお徳を称える教祖大祭として仕えられるようになり、さらに神様のご命のままに仕えられていた金光大神祭りの意義や、永世生き通しの生神金光大神取次の働きを称えるという意味合いが加えられて、現在の生神金光大神大祭となっている。すなわち、教祖様のご信心、ご生涯が明らかになるにしたがって、ご祭典の意義や内容も深く豊かになってきているのである。
 今年は、金光四神様百二十年、三代金光様五十年のお年柄でもある。そのことも含めて思わされるのは、教祖様が明治十六年十月十日に現身を隠されて後、永世生き通しの生神金光大神取次の働きを現し続けてくださって百三十年ということとともに、金光四神様、三代金光様をはじめ歴代金光様が、本部広前において生神金光大神取次の働きを具現し続けてくださって、百三十年の節年を迎えているということである。
 教祖様は、「たとえ、この身は八つ裂きの仕置きにあ
い、村々辻々に曝(さら)し者となるようなことがあっても、私の屋敷跡に青草が生えるようになっても、少しもいといません。世界の氏子が、生神金光大神、と真心で一心に願えば、どのような願い事でもかなえてくださいませ」と願われ、生涯かけて御取次をお進めくださった。そのみ跡を金光四神様が十年、三代金光様が七十年、四代金光様が二十八年、現教主金光様が二十二年と、それぞれに親様を親様と立て仰がれ、教祖様(親様)のみ教えを守りとおされながら、教祖様のみ心そのままにご神勤くださり、日々ご祈念、御取次をお進めくださって、ここに百三十年の節年を迎えたのである。そのことを思うと、あらためて歴代金光様のご神勤に御礼を申し上げ、その百三十年の歩みのなかで求め現してくださった「取次の心」を、少しでもわが身、わが心に頂いてまいりたいとの願いを新たにさせられる。
 昨年の教団会では、立教百五十年を経て教祖百三十年のお年柄を迎えるに当たって、ここからの教団の展開を期して、教主金光様が立教百五十年生神金光大神大祭時にお示しくださった「いよいよ神と人とあいよかけよで立ち行く『神人の道』が、一人ひとりの生活に現されてまいりますよう、共々に心を込めてお役に立たせていただきたい」とのみ心に添わせていただきたい。そして、このことに全教の信奉者と共に取り組ませていただくのが「神人あいよかけよの生活運動」であり、そのためにも、「運動」の「願い」に示されている、教祖様ご立教以来の本教の歩みのなかに伝えられてきたこの道の信心の筋道が、しっかりと全教に共有されていくことが大切である、と確認させていただいた。
 この確認に基づいて、佐藤前内局の基本方針の継承と展開を期し、教会長、教師にあっては「結界取次の充実と助かりの実現」に、信奉者にあっては「神人あいよかけよの生活運動」に全教あげて取り組ませていただいたのであり、そのなかで、ご霊地における「教祖百三十年研修」や「教祖百三十年記念シンポジウム」、また、各地では奉祝行事が開催され、そのお礼と喜びの心を結集して、教祖百三十年生神金光大神大祭をお仕えできたことは、真にありがたく、もったいないことであった。
 お年柄の一年を終えるに当たり、「難儀」というものがますます多様化、複雑化して、その実際の姿が見えがたくなってきている現代社会にあって、教祖様がお開きくださったこの道の信心の果たすべき役割の大きさを思わせられる。信奉者一人ひとりが、「神の氏子」として生きることに実意を込めていくことで、親神様との縦軸を深め、横軸である人や社会との関わりを作り上げていくことが、親神様、教祖様、歴代金光様から願われているのだ、と頂くのである。
 共々に、生神金光大神取次の道に生かされて生きるお礼と喜びの心をもって、明年の教祖様ご生誕二百年のお年を迎えさせていただきたい。

投稿日時:2013/12/02 14:07:06.040 GMT+9



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