title_02.jpg

HOME › 春季霊祭をお迎えして

春季霊祭をお迎えして

 三月を迎え、春分の日を中心に、本部広前をはじめ各地の教会で春季霊祭が仕えられる。
 十二歳で川手家に養子に入られた教祖様は、養家再興というご自身に託された使命を果たすべく勤勉に働かれ、立教神伝をお受けになる四十六歳頃には、大谷村でも有数の農家になっておられた。その一方で、義弟と養父の死に始まり、長男、長女、次男、そして飼い牛二頭を含めて七墓を築く不幸にも見舞われ、四十二歳の時には、ついに教祖様ご自身が九死一生の大患に罹られた。
 けれども、この大患で神様に出会われた教祖様は、その後の信心の進展をとおして、先祖からの天地金乃神様へのご無礼と、前々の巡り合わせで難を受けていたことを分からされ、「天地の間に住む人間は神の氏子」と仰せられる「神の氏子」として生きることに実意を込めていかれることで、「金光大神」となられた。
 そのなかで、教祖様四十五歳の時、先祖の精霊(しょうりょう)から「戌の年さん、お前が来てくれられたで、この家も立ち行くようになり、ありがたし。精霊御礼申し上げ」とのお言葉を受けられている。家の再興に心を尽くすとともに、川手家の先祖を手厚く祭られていた教祖様に対して、川手家の先祖からお礼の言葉が示されたのである。
 また、教祖様五十三歳の時に、養母いわ様が亡くなられた。当時すでに教祖様は、お広前奉仕、御取次のことに専念しておられたが、いわ様の葬儀は、最後の仏式として、子息浅吉様を喪主と立て、寂光院の僧侶をはじめ、会葬の村人をも懇ろにもてなされ、寂光院に先祖の永代供養料を納められている。
 このように教祖様は、心を込めていわ様の葬儀を仕えられ、さらに養母、養父をはじめ先祖の永代供養まで願われて、手厚く祭られたのである。それは、神様に対しても、先祖に対しても、「神様あっての私」「先祖あっての私」というお心から生まれてくる、教祖様の実意丁寧なご信心として頂き直すことができよう。
 教祖様は後年、「ご信心しておくがよい。ご信心してあなたがおかげを受けると、あなただけではない、後々の孫、ひ孫の末の末までがおかげを受けるし、また、ご祖先ご祖先の精霊御霊までが、あなたがご信心して、おかげを受けてくれるからと、安心してお浮かびなさる。あなたの受けたおかげは、いつまでも離れずについてゆくものじゃから、できるだけこの世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい」とご理解くださっている。この「おかげのもとを作っておくがよい」と仰せられる「ご信心」を、しっかりと求めていくことが大切ということであろう。
 ある先師は、病気のお願いに参拝した信者に、「この病気のおかげをこうむるのに一年かかる」と仰せられ、「先生、あなたのお徳とお力をもって、もう少し早くおかげがこうむれないものでしょうか」と言われた。それに対して、「この病気のおかげをこうむることは何でもないが、何千何万という先祖がある。そんなに早く助かるものか」と、お叱りになったという。
 先祖と自分とは一体不離であって、自分の痛みは先祖の痛みであり、先祖もこのとおりの苦難の道をたどられたのであろうと受け取り、おかげが現れない時は、先祖が助かられつつあるのだと思わせていただき、何としても助けてもらわなければならないという願いをもって、神様に向かう信心をしっかりと求めていくことが大切であるということであろう。
 また、私たちがこの道にご神縁を頂き、信心しておかげを頂くことができているのは、教祖様や歴代金光様をはじめ、この道の先人たちの積まれたお徳に抱かれ、その深い祈りを頂いているからである。
 春季霊祭をお迎えするに当たり、あらためて私たちの先祖が、神様のおかげのなかに生まれ、おかげのなかで生活をし、おかげのなかに神様のみ許に還らせていただいていたことに御礼を申し、霊(みたま)としての立ち行きを願わせていただきたい。
 そして、ご霊神様に対して、信心して頂かれたお徳によって子孫の者がおかげを頂いていることに御礼申すとともに、先祖に喜ばれる信心をさせていただけるようお導きを願い、真心を込めて霊祭をお仕えさせていただきたい。

投稿日時:2014/03/03 10:11:11.343 GMT+9



このページの先頭へ