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神の思し召しとは何か 【金光新聞】

突然の心臓病

 河口淳さん(70)は35歳の時、親友に誘われて金光教の教会に参拝し、天地の道理を説き、生かされて生きる感謝を語る教会長の話に深い感銘を覚えました。
 淳さんは車で30分の距離にある教会に、毎日参拝を始めました。やがて奥さんも、淳さんの妹夫婦も一緒にお参りするようになりました。
 それから5年後のある日、お母さんから「淳よ、ええ神様を信心してくれて、ありがとう」と言われた淳さんは驚いて訳を尋ねました。お母さんは、「河口家は代々不幸続きで、私は心配ばかりしていた。それが、おまえたちが金光様に参るようになって何となく不安が消え、この家も助かると思うようになった。淳が金光様にご縁を頂いてなかったら、わが家は空中分解しとったかもしれん」と、目に涙をためて話してくれました。

 淳さん夫婦は一層信心に励み、お取次を頂き、神様のご用第一に、仕事も繁盛し、地域の人の信頼も得ていきました。その淳さんが65歳の時、心臓病で倒れたのです。
 手術は成功しましたが、完治には至りませんでした。2度目の手術の日取りも決まって、奥さんが教会にお届けすると、先生は、親教会のご大祭に家族そろってお礼参拝したらどうかと言われました。その親教会の大祭当日、入院中の淳さんの心臓が再び止まり、再々手術をすることになりました。大祭に参拝していた奥さんは、ご祭典を最後まで拝み、夜遅く病院に駆け付けました。
 再々手術後も不整脈は起こりました。ある日、奥さんが淳さんに、「わが家のめぐりを取り払うために、お父さんばかりにしんどい思いをさせてごめんね」と言うと、淳さんは、「これは私自身のめぐりなんだから、心配せんでええ。それに、もし家のめぐりだとしても、神様が、子や孫でなく私にそのお取り払いをさせようとしてくだされたのはありがたい」と言いました。

答えはこれからの信心姿勢

 それから2年が過ぎ、淳さんは毎朝の参拝だけではお礼が足りないと思い、教会の奥城(おくつき=お墓)に参ってから夕方のご祈念に出る、という新たな取り組みを始めました。そうして、半年後の夏のある日、淳さんの不整脈は突然なくなったのです。検診日、主治医は、「不思議だなあ」と首をかしげました。
 その後、現在まで不整脈は一度も起こらず、淳さん夫婦は毎日の参拝とご用に励み、お母さんと2人の子どもと4人の孫もお参りをするようになりました。
 淳さんは、病気が治ったその奥に隠れている神様のおぼしめしとは何かを考え、答えはこれからの夫婦の信心姿勢にあると思いました。

 淳さんの教会では、信徒の家で「信心会」が開かれます。月1回、教会長が出仕してご祈念と教話が行われるもので、家族を中心に近所の人も参加します。
 淳さんは、わが家でも開かせてもらいたいと願いました。そうして、河口家の「信心会」は回を重ねるごとに参加者が増え、やがて、妹の家でも開かれるようになりました。
 「神人あいよかけよの生活運動」は、淳さんの信心の指針です。教祖130年の今年は、「願い」の四行目「神心となって人を祈り 助け 導き」を実践させて頂きたいと願っています。「でも、最後の『導き』は、私の信心ではまだ力不足ですから、神様にお願いしようと思います」と、淳さんは笑顔で言いました。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2014/07/02 13:45:47.214 GMT+9



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