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メール通し信心の導き【金光新聞】

「先生、助けてください」

 「先生、助けてください。今、私の頭の中は真っ白です。お医者さまから、乳がんと診断を受けました。ショックでした。私なりに一生懸命に信心し、神様を信じてきたのに。なぜ私が乳がんにならなければいけないのですか。もっともっと生きたいです。助けてください」。平成21年1月初旬、私の携帯電話に恵さん( 48)からこんなメールが入りました。
 私は、神前で恵さんの立ち行きをご祈念した後、次のようにメールを返しました。
 「神様は、信心しておかげを受けてくれよと願われています。医師の治療と同時に、あなた自身が不安な心と闘いながら治していかなければいけません」
 恵さんと私のご縁は、妹の真子さんを介して始まりました。二人は、信心に熱心な両親の下で小さい時から信心に触れてきました。やがて、真子さんは高校を卒業すると、看護師を目指して親元を離れて上京し、私がご用をしている教会に参拝するようになりました。そうして歳月が過ぎていく中で、離れて暮らす郷里の両親や姉の恵さんは、真子さんの考え方や信心への取り組み方に成長を感じるようになっていったようです。恵さんは時々、車で遠路上京しては真子さんと参拝してくるようになり、やがて私の携帯にメールが送られてくるようになったのです。

 このころ、恵さんは夫婦関係などに問題を抱えていて、メールの内容には人や自分を責め、身の不運を嘆くものが多くを占めていました。私は、神様にお願いして問題解決の道筋を付けて頂くことの大切さを、繰り返しメールで伝えました。
 そうするうちに、恵さん自身、いろいろと気付いていかれ、物事の捉え方が少しずつ前向きなものへと変わっていきました。そんな中での乳がん告知だったのです。
 その後、手術、抗がん剤治療、リハビリと、恵さんはそれら一つ一つにメールで取次を願いながら向き合っていきました。当初は、何かと不足や不満の多い内容でしたが、やりとりを重ねていく中で、少しずつ感謝やおわびの内容が増え、「私のことを祈り続けてくれる両親に感謝します」と、親の信心に感謝するようになりました。

「どうしてこんなことに」

 そうして1年が過ぎようとしていた平成22年元日、恵さんから送られてきたメールには、「金光様、先生、生きているってありがたいです。みんなに感謝です。笑顔でいられること、うれしいです」とありました。
 ところがその翌日、ご家族から「恵は、体がだるいと言って病院に行きました」と電話でお届けがあり、その後、30分もしないうちに、急死したとの報を受けたのです。
 前日には感謝と喜びのメールが入り、病気も少しずつ良い方向へ向かっていると思われた矢先のことだけに、私にとってもこの知らせは寝耳に水で、何とも言葉がありませんでした。

 「どうしてこんなことに」。そう思う一方で、私はふと、神様は恵さんの命をぎりぎりのところで支えながら、心の立ち行きのおかげを受けさせてくださったのだ、という思いになりました。計り知れない神様のお働きの中で頂く寿命ですが、その中で心の助かりへと恵さんを導いてくださったご神慮を私なりに尊く受け止め、神様に御礼を申すとともに、恵さんの、みたまの神としての立ち行きを祈らせてもらっています。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2014/08/20 18:09:01.046 GMT+9



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