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甥の一言に願いを改め【金光新聞】

〝ままよ〟の決心

 13年前の12月30日、私は、奉仕する教会のお結界に向かい、自ら次のようなお届けをしました。「50歳になりました。布教の情熱と信心の向上心は持ち続けているつもりですが、教会は停滞したままです。教会の発展と信心の向上のために、これからどうすればいいのか、本当のことを教えてください」。
 こう願うことで、どのような神様のお働きがあるのか、内心、怖さもありました。しかし、このままでは後悔すると思い、勇気を出して本音のお願いをしたのです。
 そうして新年を迎えましたが、年始から下痢が続き、体が痩せてきたので精密検査を受けたところ、進行性の大腸がんが見つかったのです。2月末のことでした。家族は、医師から余命2、3カ月と宣告されました。

 入院の前日、ある信者さんが参拝してこられました。私は部屋で休んでいたのですが、どうしても私に会いたいと帰られないので、私は苦痛を押して広前に出ました。
 その方は、自分が医師でありながら治せない病気を抱えていました。
 私は、「金光教には崖っぷちからでも助かる教えがあります。それは、『死んでもままよ』と、一切を神様にお任せする心境になることですよ」と話しました。すると、自分で言ったその言葉が、私の〝ふ〟にストンと落ちたのです。 
 「この教え一つを持って入院させて頂こう」。〝ままよ〟の決心が私に定まった瞬間でした。

黄金色に輝く〝ありがとう〟

 手術の前日。高校生のおいが、見舞いに来てくれました。心配そうな表情の彼に、私は「〝死んでもままよ〟とお任せしとるから、何も心配してない」と言いました。すると、おいはしばし沈黙した後、「おじちゃんは信念を通して納得するかもしれんけど、死んだら周りの人らが迷う」と言ったのです。
 その言葉に、はっとしました。それは、周囲や家族らの信心が揺らぐという意味だと思い、私は、「人を助けるご用がまだ私にあるなら、命をつないでください」と、初めてわが身の助かりを神様に祈ったのです。
 私が、これまでそう祈らなかったのは、この病気は祈りだけでは助からない、命への執着を断って、神様にお任せしなければおかげは頂けないと心に決するものがあったからです。しかし、おいの言葉から、ご用をさせて頂くために命をつないでくださいと願う祈りの大切さに気付かせてもらいました。
 手術が終わり、全身麻酔から覚める直前、真っ暗闇の中で黄金色に輝く〝ありがとう〟の五文字を見ました。その直後、「見事なおかげを頂いたよ!」という妻の声で、私は目を覚ましました。

 その1年後、別の手術の際にも、黄金色に輝く〝和賀心布教〟の五文字が現れたのです。私は、神様の親心が込められた病気であったことに、初めて思い至りました。
 〝ありがとう〟とは、何事も神様へお礼を土台にして願い、すがり、お任せしておかげを頂き、神心を育てていくことだと。〝和賀心布教〟とは、「天地書附」に示されている「おかげは和賀心にあり」の、やわらぎ、よろこぶ心(おかげの全てのもと)を伝えるご用のことだと、あらためて自覚したのです。
 この時の体験を通して、神心を育てながら神様のご意思を人に伝えていくことが、信心で最も大切なことと教えて頂きました。以来、私の目指す信心が定まっていきました。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2014/08/28 10:20:58.118 GMT+9



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