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食事作りは神様のご用【金光新聞】

義父からの教導

 40年以上も前のことになります。私は信心のことも神様のこともよく分からないまま、金光教を熱心に信心する家庭に嫁いできました。
 結婚した当時、家族は夫とその両親に、姉夫婦とその子どもたちの8人でした。
 私は、結婚の翌日から家事を任されましたが、不慣れで気持ちばかりが先走り、中でも、食事作りには苦労しました。ぜいたくをするということではありませんが、義父が食事の味付けにこだわりを持っていて、特にみそ汁には強いこだわりがあったのです。
 ある日、夕食に煮魚を作りましたが、あめ炊きのようになってしまったことがありました。義父から「今日はあめ炊きか?」と言われ、私は恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになりました。

 このことがきっかけで、初めて自分の意思で、家族のみんなに喜んでもらえる食事作りをさせてもらえるよう、神様に祈願するようになりました。
 ご近所の年配の方に味付けを教えてもらったり、料理本を読んで参考にしたりと、試行錯誤しながら取り組みました。
 そんな日々を重ねていたある日、義父が初めて、「これはおいしいなあ」と喜んでくれたのです。
 義父からは食事作りだけでなく、いろいろなことを教えてもらいましたが、どれもその土台には信心による見方や取り組みがありました。私は、食事作りを神様が私に下さった大切なご用と思って、台所に立つようになりました。
 しかし、いつもそうした思いになれたわけではなく、いらいらしたり、心配事で心が落ち着かない中で作った時もありました。すると義父から、「今日はちょっと濃い過ぎるよ」と指摘されたり、少し焦げた焼き物を見て、「今日は何かあったのか?」と聞かれたりもしました。
 そうして、いつしか自分の力以上の物ができるようになるに従って、食事作りを通して、神様から家族の健康を預かる大事な役割を頂いていると気付き、そのことにお礼が言えるようになりました。 

「神様はちゃんと見てくださっているね」

 晩年、各地へ趣味の写真撮りを兼ねて一人旅を楽しんでいた義父が、旅先から戻り、家で食事を取っていると突然、「旅館でどんな立派なごちそうを頂いても、うちのご飯が一番おいしい」と、しみじみと言いました。その義父の言葉は、台所を預かる私にとって最高の褒め言葉となりました。
 食後、娘から「お母さん、おじいちゃんが言ってくれた言葉は、神様の言葉だと思うよ。神様はちゃんと見てくださっているね」と言われ、ありがたい気持ちでいっぱいになりました。

 長年、家族の食事を作ってきましたが、やがて娘やおいたちがそれぞれ独立していき、両親や夫が先立っていく中で、わが家もずいぶん様変わりしました。それでも、休日には誰かが訪ねてきて、私は以前と変わらず食事を用意します。
 娘はみそ汁を口にして、「お母さんの味、ほっとする」と言い、おいは私が作る卵巻きを、「これが好きやった」と言ってくれます。孫たちも「おいしい」「大好き」と言って、私を喜ばせてくれ、本当に幸せです。
 これからも日々神様に心を向けながら、いろいろと助言して私を育ててくれた義父のみたま様にお礼を申し、喜びの心で台所に立たせて頂きたいと願っています。
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2015/05/06 09:00:00.000 GMT+9



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