title_02.jpg

HOME › 何事も「これくらいで」【金光新聞】

何事も「これくらいで」【金光新聞】

思い出のスーパーボール

 最近、わが家は引っ越しをしました。その際、子どもたちが幼い時に遊んだおもちゃを整理していると、いろんな色が混じった1個のスーパーボールが出てきました。
 他の人には、何の変てつも無いボールかもしれませんが、私には忘れられない思い出の品です。
 そのボールは、中学生の次男(15)が幼稚園児のころ、縁日の露店で手に入れたものでした。捨てずにしまったまま、いつの間にか忘れられていたそのボールを手に、「これは、あの時の」と、懐かしさが込み上げてきました。
 それは11年前のこと。親子で縁日に出掛けた折、次男は初めて目にする、色も大きさもとりどりのボールが水に浮かぶ「スーパーボールすくい」に興味津々で、露店の人だかりの中に座り込み、水槽の前から離れようとしませんでした。私が「やってみようか」と言うと、目を輝かせ、「うん」とうなずきました。

 早速、次男は狙いを定めると、輪っか状に張られたすくい紙を手に、何度も目の前を流れていく多くのボールの中から、欲しいボールに気持ちを集中させて挑戦し、見事に1回で、すくい上げることができました。けれども、すくい紙は水浸しで破れてしまいました。
 私は「500円も払ったのに、たった1個か」と思いましたが、次男は「やったあ!」と大喜びで、欲しかったそのボールを手にし、本当にうれしそうに眺めていました。
 すると、露店のおじさんが「はい坊や、もう1個ね」と、別のボールを差し出してくれました。実は、すくえなくても必ず二つはもらえることになっていたのです。
 ところが、次男は「ううん」と首を横に振ったのです。
 おじさんは「何で?もう一つもらえるんだよ」と、さらに言いますが、次男は「もう要らない。これだけでいい」と答えました。そんなやりとりを繰り返して、子どもなりに事情をのみ込めたのか、もう一つもらってその場を後にしました。

「もう要らない。これだけでいい」

 それから次男は毎日、お気に入りのスーパーボールを握ったり、眺めたり、ポケットに入れたりと、宝物のように大事にしていました。
 そうした当時のことを思い出しながら、「今の社会は豊かで物があふれているけれど、そのことが当たり前になっていて、かえって必要以上に欲を出し、物を手に入れようとする行為へと向かわせ、他人との争いや、物を粗末にするといった、神様が喜ばれないありようを生んではいないだろうか」と考えさせられたのです。

 金光教の教祖様は、「食事をする時に、このくらいでよいと思う時が、天地の親神のご分霊が分限を定められる時である。それが体に合う量である。それを、もう一杯、また一杯と、我食い、我飲みして病気になる人もあるが、これは神へ対し無礼ではないか」と説いています。食事を例にし、何事も、これくらいでと思うところが、神様が定めたちょうど良いところだ、と教えてくださっているのです。
 私は、あの時の次男の「もう要らない。これだけでいい」という言葉は、どこかこの教えと通じるところがあるように思えました。こうした在り方が、天地の恵みを大切にし、周りの人や物事とも、より良く向き合っていく上で、大事なのではないかと思います。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。

(金光新聞「心に届く信心真話」2014年6月22日号掲載)
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2015/10/21 17:11:03.989 GMT+9



アクセスランクTOP10
  1. Video 【教話】「心直しの神様」
  2. Video 【金光ミュージックフェスタ】金光八尾中学校・高等学校吹奏楽部
  3. Video 【第70回金光教少年少女全国大会】8月5日 教主金光様お退け
  4. Video 【金光ミュージックフェスタ】関西福祉大学金光藤蔭高等学校 吹奏楽部
  5. Video 【教話】「願い」から「願う」へ
  6. Video 【金光ミュージックフェスタ】金光教福崎教会少年少女会ブラスバンド隊
  7. Video 【教話】「みな、神の氏子」
  8. Video 【「神人あいよかけよの生活運動」全教集会】実践発表
  9. Video 【第70回金光教少年少女全国大会】8月6日 お出まし・ご祈念
  10. Video 【金光ミュージックフェスタ】金光大阪中学高等学校吹奏楽部
最新の10件
このページの先頭へ