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母を通し信心のお育て【金光新聞】

母の温かさと安心感にふれて

 昭和60年、私が奉仕する教会では教会設立70年の記念大祭を仕えさせて頂きました。
 教会長だった義父は大変な力の入れようで、私の実家の母も大祭前夜から教会に来てくれて、準備や後片付けを手伝ってくれました。
 当時、私は教会に嫁いで15年ほどがたっており、母と会うのは久しぶりでしたが、大祭は本当に忙しくて、ゆっくりと親子の会話を交わす暇もありませんでした。
 大祭の翌朝、実家へ帰る母を最寄りの駅まで見送りに行きました。この時、母は「あんたの部屋の棚にご神米(*)を置いてあるから、体がしんどい時はそれを頂いて、元気で頑張りよ」と言ってくれました。
 私は「ご神米」という言葉に、母が日頃参拝している教会で私のことをお届けしてくれたことを悟り、「ありがとう…」と言っただけで後は言葉にならず、母の何ともいえない温かさと安心感に涙があふれ、母の顔を真っすぐ見ることができませんでした。

 その帰り道、私は、この15年間の事を思い出しながら、いつも励まし祈り続けてくれる母の存在をことさらありがたく感じる一方で、これまで母に心配ばかり掛けてきたことを思うと、とても申し訳ない気持ちで胸が痛みました。
 教会に戻り、母が置いていってくれたご神米を手にして、以前、ある先生から聞いた、「親のありがたさが分かったら、親神様のありがたさが分かる」という教えが思い出されました。そして神様は、このご神米をもって、私に親のありがたさを教えてくださったように感じました。

苦しいことを訴える場所から、ご祈念が楽しみな場所へ

 その夜、私はいつものように、深夜のお広前で一人、ご祈念をしていました。
 ご霊前に向かってご祈念を始めてしばらくした時です。お広前に「パシッ」と乾いた音が響いたかと思うと、初代の遺影から明るい光が差してきたのです。
 この突然の出来事に、私は身動きすらできませんでした。そして思わずひれ伏して、「生神金光大神様、天地金乃神様。父と母の子として、私をこの世に送り出してくださり、母を通してここまで信心のお育てを頂きまして、ありがとうございます。ただ今は、身に余る体験をさせて頂きまして、お礼の申し上げようもございません」という、祈りとも感激ともつかない思いが、涙とともに心の底から突き上げてきたのです。
 その夜、気持ちが極度に高ぶり、一睡もできなかった私は、翌朝、母に電話で昨夜の体験を伝えました。そして、「こんなもったいないおかげを頂いて、お母さんが私に信心を教えてくれたおかげだね。お母さんの子で本当に良かった。お母さん、ありがとうございます」と、心の底からお礼を言いました。

 あの体験を通して、神様は私に何を教えてくださろうとしたのか、考え続けました。
 私はこれまで、さまざまな出来事や問題を抱え、一人で悩んでは母に相談したり、夜中に一人、お広前で切々と神様に訴える日々を送っていました。
 それが、あの体験を境に、心に大きな支えができて心強くなり、母にあれこれと悩みを訴えることも少なくなりました。
 そして、お広前は苦しいことを訴える場所から、ご祈念が楽しみな場所へと変わっていったのです。


*ご神米=神徳が込められたものとして授けられる洗い米。剣先形に折った白紙に入れられている

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(金光新聞「心に届く信心真話」2014年11月2日号掲載)
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2016/01/28 09:52:53.729 GMT+9



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