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毎日の一つ一つが特別【金光新聞】

長男の言葉に、はっとさせられ

 私には3人の子どもがいます。これまで子どもたちの受験のたびに、私自身もまた、神様からの試験を受けてきたように思います。
 6年前のこと、大学入試センター試験を数日後に控えた長男が、「お母さん、交代でマッサージをしよう」と言ってきました。長男は小学生から野球をしていて、けがや過度の練習で体を痛め、高校3年生で部活動を引退してからも、家ではストレッチをしたり、私とマッサージをし合うことがありました。その日も、私が先に長男をマッサージしました。その後、交代する時にふと、センター試験のことが頭をよぎり、「お母さんはいいわ。あさっては大事な試験だから」と断りました。
 すると長男が、「お母さん、何言いよん。受験は特別なことではないよ。歯磨きすることと同じだよ。だからやらせて」と言って、丁寧にマッサージをしてくれたのです。私はその言葉に、はっとさせられました。

 これまで、子どもたちと日々参拝をし、お取次を頂き、食事をすることや歯を磨くことなど、どれ一つとしておかげを頂かなくしてできることはなく、当たり前のことではないと、私は子どもたちに話してきました。
 長男は目の前に迫った受験も、日常の事柄と同じように神様のおかげを頂かなくてはならないことであり、言い換えれば受験だけが特別なことではないと言うのです。私は、無意識のうちに受験をことさら特別なこととして捉えていた心を見透かされた気がしました。

それぞれが一番良い形のおかげ

 その翌年は、次男が受験しました。センター試験まで1週間となった日、次男が「CDショップに連れていって」と言ってきました。お気に入りのアーティストの新しいCDを手に入れたくて、私に頼んできたのです。私は、「受験まで1週間しかないのに、大丈夫なのか」と思いましたが、またもや受験だけを特別視している自分に気付き、神様に「受験まであと1週間になりました。ありがとうございます。今、息子はこの音楽が聴きたいそうです。どうぞおかげを頂かせてください」と、心中で願って出掛けました。
 次男は、店に入って程なくして、何も持たず車に戻ってきました。「もう売り切れていたわ。神様が今は勉強しなさいと言ってるんだろうなあ。受験が終わってからの楽しみにしておくわ」と、爽やかな表情で言いました。次男ながらに、このことを神様のなされることとして素直に受け止め、すっきりした気持ちで帰途に就いたのです。

 また、長女の受験では、希望大学に合格することができませんでした。友人たちが次々と進路を決めていく中で不安になり、いら立つこともありましたが、この体験も神様のおかげを頂いてのことだから、お礼を申させて頂こうと、親子で話をすることができました。
 そうして、3人ともそれぞれが当人たちにとって一番良い形でおかげを頂くことができたのです。
 受験は人生の大きな節目であり、将来に関わる大切なことですが、受験だけでなく毎日の生活の一つ一つの事柄が、神様のおかげを頂かなくてはならない特別なことだと、子どもの受験を通して感じました。
 私自身ありがたく喜んで、日々生活させて頂いているか、神様からそのことを常に問われている気がしています。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2015年3月22日号掲載)
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2016/08/30 08:58:57.116 GMT+9



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